pickup!

「夜稽古は珍しいことじゃない。誰もいない場所に行く必要はあるのか?」
「バルザックを討伐し、数ヶ月経ちましたが未だに民衆の中には爪痕を残しています。サントハイムの神官として、姫さまや民衆に余計な刺激を与えたくない以上の理由はない、とだけ……」
「そうか、ならいいんだ」

こつ、こつ、とクリフトはブーツの踵を鳴らし、地下にある練習場へライアンを導き、傍にある松明に火を灯した。

「立派なところじゃないか」
「軍事国家出身の方に、そう褒められると照れますね。これ、ライアンさんの分の木剣と盾です」
「よし、初めるとするか。用意が出来たら教えてくれ、俺から仕掛ける」
「いつでもどうぞ」

とはいうものの、クリフトは木剣を持ち、盾を持っていない。しかし、いつでもどうぞと言われたからにはと、ライアンは一歩踏み込んだ。

ガッ…と鈍い音を立て、木剣が悲鳴をあげる。
ライアンが振り払うと、クリフトもすかさず距離を開けた。

「案の定、素早いな。では、これでどうだ」

ガキン、と鳴る木剣。
そのままギリギリと、木剣に悲鳴を上げさせながらの鍔迫り合い。しかし、ライアンの力は強く、クリフトはだんだんと押し込められてきた。

「どうした。そんなことでは大切な姫君は護れないぞ。俺のことをアリーナ姫の命を狙う、暗殺者と思って、かかってこい!」

その刹那。
仄暗い空間の中でもライアンは見えた。
クリフトの海の底のような眼の色が、みるみる間にドス赤くなり、体の動きも俊敏さを増したのだ。

その剣、完全に対人。
確実に命を狙ってくる、急所を狙った動きに、ライアンは防戦一方となったものの、クリフトが剣を振りかぶった瞬間は逃さなかった。クリフトの剣を弾き飛ばし、剣は宙に舞った。

その瞬間、クリフトの左手からワイヤー状の物体が飛び出て、ライアンの剣を絡め取り、同じく宙に舞った。そしてライアンが気がつくと、クリフトの両手にはナイフが握られており、首元に突き付けられていた。

「……なるほど」

ライアンは両手を上げ、降参のポーズを取った。

「クリフトの剣はあくまでも対人であって、対魔物ではないのだな」
「私の剣は一子相伝。義父から受け継がれたものです」

そう言うと、クリフトはナイフを収めた。

「そのナイフも、受け継がれたものか」
「はい。これは魔除けの銀のナイフに、痺れ薬を塗り込んだものです。宗教国家であるサントハイムの主は、こと魔物に狙われやすいのです。王がさらわれたことで、姫さまは狼狽しておられましたが、私には特別なことだとは感じませんでした。それほどまでに危険と隣り合わせな存在だと捉えていますし、義父も城を離れた少しの瞬間に、あんなことになったことを、今でも深く悔やんでいます。……まさか、騎士団全員までも敵の手中に落ちるとは」

ーーだから、姫さまだけは何があろうとも、私がお守りしなければならないのです。綺麗事などが存在してはならないですし、必要とあらば、この身に託され染み付いた戦い方で、ヒトを殺めることもありましょう。神々の名の下に正義を貫く為ならば、私は修羅にも羅刹にも、或いは魔族にもならなければならないのです。手段など、なんの役に立ちましょう。

と、もう海の底のような眼の色をしたクリフトは言った。少し悲しげなその姿に、ライアンはほんの少しだけ同情をしたものの。

「国を守り、姫を守る。たしかに綺麗事では済まされない。それはクリフトが有能だからこそ任された任務だ。それについて、俺はとやかく口を挟むことは出来ない。しかし、時に有能者は、自分の手の小ささも知っているものだ。……クリフトよ、手の届く範囲しか、人はなにかを守ることは出来ない。しかし、手を繋いだら守れる範囲は大きくなるのも自明の理。必要があるときだけでいい、俺たちがいることを忘れてくれるな」

それを聞いたクリフトは、照れ臭そうに笑った。本当の意味で、年齢相応の18才の笑顔のままでライアンに言った。

「そんなこと、言われ慣れていなかったので、照れてしまいますが……肝に銘じておきます。あ、さっきの……私の剣のこと、左手からワイヤーを出すことなど、どうか姫さまには内緒にしていてください」
「何故だ?」
「自分は簡単にやられない、とお叱りを受けるのが目に見えています。……そうじゃなくて、その、姫さまにはご自身の手を極力汚して欲しくはないので……」
「ああ、そういうことか。綺麗さっぱり理解したぞ。つまり、クリフトも恋の年頃だということだ」
「そ、そういう意味では! 嫌だな、ライアンさん!」

白い頬を赤くするクリフトの肩を叩き

「さっきは女遊びも必要だと言おうとしたが、無粋であったな、よかった」

と大きな声で笑った。

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