pickup!

サントハイムのバルザックを倒したものの、悪魔が来て、バルザックの抜け殻を回収しながら、笛を吹いた。

「失敗作だ、失敗作だね」
「コイツは役には立たなかったね」
「うつわが無かったのだよ」
「うつわが必要さ」
「さあ剥ぎとろう、進化の秘宝」

マーニャとミネアは、サランの街で今後の身の振り方を何日か考えたようだったが、最終的には、父の遺した進化の秘宝の行方を知る必要があるといい、アルディたちに同行することに決め、アルディは、もちろんその決定を喜んで受け入れた。

「何故、サントハイムの銀鉱山なんかに隠したのか。それがわからない。わからなくてもいい。連れていって欲しい、教えてほしい。どうしてそれを持ち出すことになったのか。私たちに見せて欲しいの、出来るだけでいいから」

偽王女を助ける為だとはいえ、一度隠された進化の秘宝を持ち出したのはアリーナたちで、アリーナたちも自分たちは無関係ではないと、道のりを追って説明することにした。

百聞は一見にしかず。

彼らは一路、冬のサントハイムを北上し、フレノールの街へ向かうことにした。

「そうだクリフト、例の旅芸人たちの消息は? 個人的に追っていたのではなかったか」

ブライがクリフトに問うと、クリフトは首を振った。

「追えば追うだけ、話は、そう単純な問題ではありませんでした。結論としては、全員キングレオ領内にて、惨殺死体として発見された模様です。真相は闇から闇へ。あの時、我々が手出しをしなければやはり殺されており、手出しをしたことで、やはり惨殺されてしまう運命にあったようですね……。ここに姫さまがいないことだけが、唯一の救いかも知れません。姫さまは、彼女たちの人命、そしてこれからの人生を心より案じておられましたから」

クリフトの表情は暗いものだった。

「そうか。……ふむ、姫さまが戻ってこられるな。話はプレノールで聞こう。げほっ、げほげほっ。ああ、年寄りが世界中を股にかけ、あてもなく旅をするものではないな、愛しき我が国でありながらも、サントハイムの冬は堪える」
「老師、私の毛布もお使いください。薄いものですが、暖まります。少しでも暖かくして、馬車なら街道を通り、3日でフレノールに着きましょう」
「ありがたく使わせていただくが、お前こそ体調を崩してもらっては困るぞ」
「この辺りのモンスター分布は我々が旅を始めた頃と大差ありません。私が作った聖水と、アルディのトヘロスがあれば、2日でつくこともあり得ましょう。さあ、馬車の中でお休みください。我々も参りますので」

そのとき、毛皮のコートを着込んだアリーナがひょこりと顔を出し、白い息を吐きながら、ブライに言った。

「爺や、風邪気味なの? あとでたまご酒作ってあげる。ミネアから教わったのよ、よく効くって。大丈夫よ、ちゃんと作れるんだから」
「姫さまは、優しいですな。それでは夜に期待するとして、それまでワシは馬車の中で一休みさせていただきますわい。姫さまとクリフトも、マーニャとミネアと交代して中に入って、少しでも暖を取るとよかろうて」

アリーナが馬車に乗り込むと、クリフトがアリーナの毛布をアリーナにそっと巻き付けた。

「どうですか? 寒く、ないですか」
「うん、あったかい。あれ? クリフトのは?」
「私の毛布は老師にお貸ししています。私のことは気になさらず。これでも十分温かいので」

魔法の法衣の襟を立てたクリフトは、もう一度、大丈夫だからと、アリーナに念を押した。

「ダメよ、サントハイムの冬を甘く見てはダメなのはよく知っているでしょう? もううっすらと雪も積もってきているし、ジッとしているだけでは身体も凍えるわ。そうだ、私の毛布、半分こしましょ」
「ダメですよ姫さま」
「何がダメなの。小さい頃はよく二人で同じ毛布にくるまってお昼寝したじゃない」

すぽん、とアリーナはクリフトの身体にも毛布を巻きつけた。

「これで、二人であったかいよ」
「ですが……」
「風邪引いちゃうより、マシだよ」

もぞもぞと2人で同じ毛布の中で動いていると、ブライが2人を見つめ、ごほんと咳払いした。

「ワシが毛布を返した方が良いのかな?」
「いえ、そんなことは!」

観念したクリフトがアリーナの毛布の半分にくるまり、それでもアリーナを冷やさないように肩を抱いた。

「非常事態ですから、お許しを」
「いいの」

ことこと、と馬車は静かにゆっくりと進む。
クリフトが気がつけば、疲れ切っていたのかブライは静かに寝息を立てていて、アリーナは両手のグローブをそっと脱ぎ、膝の上に置いた。

毛布の中は暑いというわけではない。
クリフトが不思議に思っていると、小さな小さな声で囁くように「みんな、帰ってこなかったね……」と呟いた。クリフトは思った。この小さな身体に、どれだけの無念さや寂しさを抱えて、泣かないように泣かないように、時にはカラ元気まで出して、他人を鼓舞する一方で自分を偽り。どれだけ背伸びをしようが、どれだけ飾ろうが、どれだけ王家の跡取りと言われても、皮一つ剥けば彼女は、自分より一つ年下のただの少女なのだ。

お洒落も恋もしたかろう。
勉学に励み、歌や舞台を楽しみ、他国の姫のように遊び、または自分のパートナーを選ぶ為の若干の緊張感や退屈さを味わいたい年頃なのだ。どれだけ彼女が武術に入れ込んでいたとしても、それとこれとは話が違う。

彼女は、彼女の心は、芯の部分ではまだ一人ぼっちのところがあるのだ。

彼女が王女として立つ限り、哀れんではならないと、自分に言い聞かせているものの、クリフトは自分がどうにかなりそうでもあった。護る以上は命を落とすことも覚悟しているつもりだが、それ以上に彼女の寂しさを埋めたくて仕方ない。認めよう、自分は姫さまに恋をしている。ただ、理性と、サントハイムへの忠誠心で抑えているだけの、脆弱で未熟な精神なのだ。

こうやって小さい毛布の中で肩を抱けるだけで幸せだと、クリフトが思っていると、毛布の中で空いていた左手をそっと引っ張られた。

「……ん?」

アリーナが毛布の中のクリフトの手のひらに、なにか言葉を書いているのだ。

『あったかいね クリフト』
『いっしょに いてくれて ありがとう』
『わたし クリフトのこと すきなの』
『きづいて』
『ずっと そばに いて』

愛というものは。
転がり込んでくるものなのだろうか。
そうして、アリーナはコテンとクリフトの肩に自分の頭をもたれさせた。
まるで、甘える子供のように。
クリフトは、どうしていいか分からなかった。自分のことを愛する存在、好きになってくれる存在がいる、ということをまるで予想出来ていなかったし、ましてやそれが自分が恋をした相手だとも思っておらず、また真面目に考えたこともなく、もちろん、うすらぼんやりと彼女が自分に恋をすることがあればどうだったか、などと考えたことはあったが、虚しくなるので途中で考えるのをいつも止めていた。

その代わり、星空を見上げてはアリーナを思い出していた。
にぶちん、と言われ続けていた意味が、ようやく彼の中で腑に落ちたような。そんな気がした。しかしどうしてなのかわからない。どこが? ともわからない。ただ、ずっとそばにいただけだ。ずっと、護ってきただけだ。しかしそれは彼女に恋したからではなく、それがサントハイムのためであり、自分の為ではないということくらいは、彼はよく知っている。ともかくも、自分の手のひらに描かれた文字列は姫さまがあえて今まで口に出さなかった言葉であり、自分の心を動かす言の葉には十分足りえた。

応えなくては、ならない。
しかし、言えない。
それでも、出来る限り正確に、彼女には伝えたい。
姫さまの心の寂しさを、埋める存在になりたいことも。
傷の舐め合いではなく、いつしか彼の心のなかに彼女は入り込んでいて、にこにこと笑ったり、ぷくりとむくれたり、ぽろぽろと泣いたりする姿が、一国の王女ではなく、一人の少女として映るようになったその瞬間、自分は静かに、また、当然のように恋に落ちたのだと。

彼もまた、左手のグローブを指に咥えて取った。
頭は完全に混乱しているが、やるべきことはわかっている。
だが、それが、彼女の小さな手のひらの上へだとしても、はっきりとした言葉は、言えない。いつか言える日が来るまで、言えないのだ。それが苦しい。言えないことで、彼女の気持ちが離れてしまうかもしれない。それでも、サントハイムに人が戻るまで。この旅が収束するまで、言えるものか。

次の瞬間、アリーナはぴくりと身体を震わせた。
めったに脱ぐことのないクリフトの左手のグローブは馬車の床に落ち、クリフトの手は小さなアリーナの両の手をキュッと握りしめたのだ。クリフトは全くアリーナと顔を目を合わせようとはしない。それはクリフトが自分の気持ちを如実にアリーナに伝えてしまいそうになるのを、ただ避けようとしただけだが、クリフトの左手はまるでアリーナの指を愛撫でもするかのように、ただ優しく絡めていくのだ。顔を真っ赤に染めたアリーナがクリフトのことを見上げても、アリーナの位置からはクリフトの表情は一切見えない。

クリフトの右手はアリーナの肩をきゅっと抱いたまま。
左手の指はアリーナの指を絡め、握り、そしてまた絡めた。それはクリフトの言えない気持ちをありったけ込めた『行動』だった。真っ赤になったアリーナは、クリフトの言葉はなくとも、ただその『行動』が嬉しくて嬉しくて、ぽろりと涙を流そうとした瞬間、肩をぎゅっと引き寄せられ、両手をきゅっと握られ、それは終わった。

馬車の中の毛布の中の、静かな静かな二人のやり取り。
もちろん、目を伏せたままのブライは、知らない見ていないふりをしていただけだった。

『クリフトは身の丈を知らないだけだ。王のいない今だからこそ、姫さまとの愛情のやり取りが民を明るく活気づけることだってあることを。問題はあれの自信のなさよ。姫さまの気持ちをすべて知っていて、王はクリフトを共連れに出したのだから。さて、どうするかの』

クリフトもアリーナも、まだ父王やクリフトの義父の思惑は知らない。
ただ、出来うる限りの節度と距離感を、必死に守ろうとしていた。
たった、ふたりで。だから、公然でありながらも、自ずとふたりの秘密となったのを、馬車の床に落ちたクリフトの左手の黒いグローブも知らない。

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