pickup!

パデキアの根を求め、あちこち走り回ったアリーナは疲れ果てていたようで、クリフトの無事を見届けると、電池が切れたように眠ってしまったようだった。

クリフトが気がつくと、空は満月をたたえた満天の星空で、ふと、アリーナにこの星空を見せたいと思ったが、何故なのか分からないこの感情にしっくりくる名前も思いつかず、ただ首を振って、港の方へ歩き出した。

波止場では、いくつか点在しているボラートのひとつに見た顔が腰をかけて、ルアー釣りをしているようだった。そして、その顔はクリフトに気付くや否や、軽く手を振り、おいでおいでと手でディスチャーした。

「ビールと煙草。クリフトの名前で頂きました、ありがとう。美味しくいただいてまーす」
「恩人なのだからもっと高い酒でもいいのに」
「まあまあ、金は大事にしろよ。聞いた限り、大金持ちなのかも、知んないけどさ」

ぽちゃん、とルアーと釣り針が海に沈む音がして、アルディは慣れた手つきでルアーを動かしている。

「国王の次に偉い爵位んとこの一人息子で」
「はあ、まあ。義父は公爵です」
「高い給料が教会からも出る王宮付きの神官」
「高いかどうかは、普段から金をあまり使わないのでわかりませんが、まあ、言う通り」
「金持ちほど、経済回していかんといかんよ」

にへっ、と笑うアルディの手元には、火のついた煙草と携帯灰皿があった。

「なに釣ってるんですか? アルディさん」
「アルディでいいよ、同じ年なんだからさ。俺もクリフトって呼ぶし。ここじゃ、こうやって海に出なくても、マナガツオってのが釣れる」
「サントハイムでは聞いたことがないな」
「これを、宿に持って帰って、明日の昼フィッシュティッカにしてもらうんだよ」
「南方の料理だと、聞いたことだけはあるな」

アルディが言うには、頭とヒレと内臓を取り除いたマナガツオを骨ごとぶつ切りにし、甘くないヨーグルトと、ミントスでやりとりされている香辛料をうまく配分したつけだれに浸したマナガツオを、フライパンで焼くという、少し豪快な料理らしかった。

「まだまだ本調子じゃないだろうから、ガンガン食って、元気になってくれ。爺さんに聞いたけど、剣術、棒術、槍術なんかが出来るヒーラーだって?」
「治癒全般が主で、戦闘術は二の次くらいだと思ってくれれば」
「ミネアもそうなんだけど、彼女はどっちかいうと後衛寄りだ。前衛寄りで回復に気を回してくれるヤツが来てくれるだけで、俺が戦闘に回れて、掃討力が上がる。ありがてぇこった」
「あまり、期待しすぎないようにしてくださいよ」
「期待してるぜ。あの爺さんも、実際強かったからな」
「彼は、火力的にちょっとおかしい」
「やべぇ、告げ口してやる」
「それはやめろ」

ぴく、とアルディの釣竿の先が動き、浮きが沈んだ。

「おら、よっしゃきたぁ」

マナガツオを慣れた手つきで釣り針から外すアルディを見ながら、クリフトはすごいな、と言った。

「なにが」
「釣りだよ、私もよく国王陛下に誘われて釣りや狩りに連れられたものだけれど、どうにも苦手で」
「完璧星人なんていないさ。お前、今のところ完璧星人だけど、釣りや狩りが苦手でも、今後はやってもらうからな」
「そうか、ならば身につけてみせよう」
「すげぇ自信…」
「必要とあらばなんでもするさ、今までだってそうだった」

ここまでは結構街道も整備されてて楽だったけど、今後はそうもいかない可能性が高いからな、と言いながら、アルディはナイフで魚のヒレを落とし、内臓を抉り出した。

それを見ながらクリフトは、そっと祈りを捧げた。

「生きていくのに必要だから食べる。それなのにその生命の為に祈る。これだから、狩りや釣りが潜在的に苦手だったのかもしれない」
「矛盾が多いお仕事はつらいな」
「そうかな、慣れた」
「俺、無職だからなにも考えずに済む。強いて言うなら、未来への不安……? ミネアなんかは俺のこと、勇者さまとか言うけれど、そもそもなにソレだし」

勇者って職業欄に書けないぜ?
と言いながら、アルディはまた竿を振った。

「俺は、デスピサロを探してる。でも多分それは向こうも同じだと思う」
「何故、そう思う?」
「俺の村はあいつらに襲撃された。でも、村のどこにも血痕が無かった」
「血痕がなかった?」
「ああ、普通虐殺とか襲撃があると、その辺に死体が転がり、死臭も漂うだろう? あれが、無かったんだ」
「そういえば……」
「なんか、心当たりあんのか?」

いや……サントハイム城が無人になった際も、そうだった。血痕や死臭、死体もなにもなく、ただ誰もいなくなっただけだった、とクリフトは呟いた。

「それだよ」
「かと言って、安全な場所にいるとも限らない。我々はそのまま旅を続けるしか無いわけだけれど」

アルディはタバコの箱から一本取り出し、指先から器用に火を出して、タバコを吸い始めた。

「爺さんから、あらかたのことは聞いた。お前が、妙ちくりんな魔法を使って倒れたことも。俺は、自分の目で見て自分で判断する。お前が敵だと思えば、それは即敵だけど、今のところそんなつもりはない。あの王女さまが必死になるってことは、誰かに敵意なんてものはないんだろうし」
「それは良かった、敵意はない」
「あんまり背負い込みすぎんな、って初対面のヤツから言われてもなかなか上手くいかんだろうけど、俺らなりに歓迎はしてんだよ」

ふぅ、とアルディは煙を吐き出した。
銀色の煙が夜空に向かって立ち上っていく。

「ありがとう」
「少し、話をしておくと……」

マーニャとミネアの姉妹は、バルザックという父の仇を探して旅をしている。元々ジプシーだが、街での暮らしが長い為、ジプシー鈍りの言葉は喋らず、マーニャの酒代の為にミネアが夜の酒場で占いの仕事をしている。マーニャはというと、飲んだくれてばかりではなく、酒場で踊り子として踊りながら、客や吟遊詩人たちから情報を集めている。

トルネコは、というと。
アルディが探し求めていた勇者と知ると、そこに見たこともない武具と出会えるに違いないとしてついて来た、伊達と酔狂で出来たような武器商人。肝心の武器屋はエンドールの大通りにあり、トルネコの妻が取り仕切っている。噂によると、トルネコよりも商才があるとかないとか。本人もソロバン片手に十分戦えるし、力にもなるのだが、どちらかというと後方支援に回すつもりだとアルディは考えているらしい。

「人数が増えると、それだけで食料や水、武具の手入れが必要になってくるからな。旅人風情丸出しの俺らが、ぼったくられないように、トルネコには後方支援を担当してもらう。もちろん、あるのかどうだかわからん俺専用の武具とやらも見つかれば、トルネコに調整してもらうと言えば、それはそれで喜んでいたよ」

ふぃー、とまたアルディは銀色の煙を海に向かって吐き出した。

「人数分のマナガツオ釣れたかな。すぐそこに魚屋もあるんだけど、そんなに安くねーんだよ。だったら俺が釣るって、意気揚々と出て来たのはいいけど、人数分足りなかったら、カッコ悪いだけじゃん」
「さっき、6尾目の内臓を落としたところだけど」
「まじ? お前、よく覚えてるな」
「覚えてない方がおかしいだろ、自分が釣ってるのに」
「よーしよしよし、これを海水でザッと洗ってだなー。明日はフィッシュティッカと平パンで朝飯だ。食えよ?」
「食うよ、ありがたい命だ、残さずに」

クリフトはこれから先、どこへ行くつもりだ? とアルディに聞いた。

「うん、マーニャとミネアの親父さんが根城にしていたところに、もしかしたら手がかりがあるかもしれない、って話になってて。一度ここからずっと南の方へ降って、モンバーバラの街へ行く。モンバーバラからは北へ北上、親父さんの根城を通り、あとはキングレオ城だな」
「かの城は昨今いい噂を聞かないな…」
「代替わりしてから、無茶苦茶やってるらしいな。蒼髪の邪神、なんて言われてさ。……そう、お前みたいな蒼い髪だよ」
「髪だけでしょう? 確かにそんなに居ませんけどね」

よっこらせ、とアルディは釣り上げた魚の入った魚籠を持ち上げて、宿に向かった。

「よかったら、トルネコのこともたまに手伝ってくれるか? 一人じゃ大変な仕事を押し付けちまってる。俺も武具の手入れなんかが入る時は武器屋や防具屋に持ち込んでいるけれど……」
「わかった。私で良ければ力になろう」

アルディは魚籠をもう片方の手に持ち替えながら、言った。

「なあ、本当にアリーナとはなんともない関係?」
「なにもないよ。幼なじみで妹みたいなもんだ」
「いやあ、あの枕元でポロポロ泣いてた光景はまるで……恋人同士だったなあ、なんてマーニャとミネアも言うからさ」
「違うって。女性として魅力的だとは思うが、恋愛感情は持ってない。勝手な想像するなよ」

ずきり、とクリフトの胸が痛んだのを、彼自身が一番不思議に思った。

ーーー姫さまは守る対象であれど、恋愛感情など持ってはいないのに。

「まだ、弱っているのかな」

アルディと別行動になったクリフトは、トルネコの元へ向かった。

宿屋の一階、隅に置かれた大テーブルの上には、トルネコが残したと見られるメモがたくさん置いてあり、一人当たりの水や食料、薬草や携帯砥石など、航海に必要なものが書き連ねてあり、計算はまさにこれから、と言ったところで、宿のボーイに聞くと、彼は慌ただしく部屋に忘れ物をとりに戻った、ということだった。

ボーイに二人分のコーヒーを用意してもらうよう頼んだあと、クリフトは資料を一通り目を通し、別のメモに問題点をいくつか提起した。まず航海中の水の量。そして薬草の類。乾燥しなければ使えないものも含めて、予備の日数も明記し、食料に対しては必要塩分量、タンパク質の量も書き出しておいた。また、これらを簡単に摂取出来る携帯食を明記した上で「ミントスでは容易に手に入るか?」と問題提起をした。

ボーイがコーヒーを持って来た頃、ドタドタと音を立てながら、トルネコが降りて来た。

「やあ、クリフトさん。具合はどうだい?」
「〜さん付けはやめてください。これからは仲間なのですし」
「サントハイムの公爵の息子さんを、呼び捨てになんか出来ないよ。ごめんなさいな、散らかっていて。そうだ、これからはクリフトくんと呼ばせてもらうよ、アルディくんにもそうしているし」
「アルディと同じ扱いなら、ありがたいです」

散らかっていてすまないね、人数が増えたし、これから船に乗せる水や食料、薬草の件で頭を悩ませていたところなんだ、とトルネコは頭を掻いた。

「あの……真水は大樽に53樽。もちろん、そこにあった計算式を解いた上で、予備日を2週間追加したものですが」
「へ? このややこしい計算をしてしまったのかい?」
「は、はい……」
「え? じゃあ、この薬草の式はどう思う?」
「基本的にはこれで進めていただく形ですが、切り傷には乾燥したものの方が良く効きます。これを、62束用意するのは難しいでしょうか」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。クリフトくん、君、頭の中に算盤でもあるのかい」

そんなことないです、とクリフトははにかんだ。

「計算式は自ずと解いてしまう癖が付いてしまっていて……。確率や、物資計算は嫌いではありません。もちろん、トルネコさんの範疇であるところの砥石や、工具の類については、計算出来ませんが、他のことならばなんとか……。疑問点と改善案を別紙にまとめておきました、ご一読ください」
「こんな短い時間でよく……ふむ、ふむふむ、あ、そうか。こちらの方が物資自体の節約にはなるのか。必要なものはしっかり積み込んで、節約できる部分はここで補う…。いや、よく出来た案だと思うよ、ありがとう。これで明日には物資の発注が出来そうだ」
「少しはお役に立てましたでしょうか」
「いや、少しどころじゃない。これは今後のマニュアルに組み込むことにしよう。

ずっと、お一人でやってこられたのですか?
とクリフトが尋ねた。

「恥ずかしながら。しかし、一瞬でこのような見事な計算式を出されると、君の方が商人に向いている気がして来たよ。ああ、でも、これが出来るから神官なのか」
「神官を拝み屋と捉える方は大勢いらっしゃいます。現実の困った点を改善した上で、神の教えを説くのが我々の役割ですから…。数学や科学は割と初期の段階から教え込まれるものです」
「そうかー。苦労して来たのだね。これからもよろしく、クリフトくん」

差し出された分厚い手に、クリフトはそっと応えた。

「こういう状態で飲むコーヒーは旨いね」
「そうですね、ホッとします」

クリフトが笑顔を作っていると、後ろからアリーナの声が聞こえた。

「ああー。また出歩いて。クリフトは病み上がりなのよ、自覚しなきゃダメ」
「姫さま、もう大丈夫です…よ?」

アリーナは、いつもの服ではなく、薄い桜色のワンピースに身を包み、腰には大きなリボンが付いていた。いつものように髪を垂らしておらず、きゅっと結い上げた髪にも同じ色のリボンが下がっており、唇にも薄く紅がひかれていた。

「ミネアとマーニャが見立ててくれたの。かわいいでしょ、似合う? クリフト、私のこと好きになる?」
「は? そ、そんな違う服着たところで、恋愛感情なんて、なにをそんな」
「なにしてたの?」

慌てるクリフトの横から、ひょいとトルネコと作った航海に必要な物資表を見て

「……わからないなー」

とアリーナは言った。

「アリーナさん、ひとつだけ言えるのはサントハイムには優れた頭脳を持つ神官がいるということですよ」
「知ってるわ」

アリーナから石鹸のような良い匂いがする。
王宮でも嗅いだことのない、嗅ぎ慣れない匂い。好きな匂いだと思った。

「私がわからないこと、クリフトがやってくれるの。真面目で頭が良くて、にぶちんなの」
「なんでもそつなくこなすようじゃ面白くないでしょう? にぶちんはそのうち卒業します。私もそうでしたからね」
「トルネコさんも、にぶちんだったのー」
「にぶちんもにぶちん、いやあ、随分困らせてしまいました」

……困る。
姫さまは私に困っているのだろうか。
ただ、この姫さまの町娘のような、それでいてどことなく隠せない気品のある格好、整った顔立ちは街の男を寄せ付けるのではなかろうか。

「姫さま、これから何処かへ行かれるのですか?」
「行かない。クリフトに見せに来ただけ」
「何故か伺っても?」

アリーナのほっぺたがぷくり、と膨らんだ。

「私、いつもと違う服着てるの。可愛い?」
「違う雰囲気があるなあ、と」
「可愛い?」
「服がですか? はあ、それは似合ってますよ」
「にぶちん!」

ぷくぷく、と怒ったままアリーナが去ろうとしたのを、トルネコがクスクスと笑いながら見ている。

「あ、あの……。外、外がですね」
「なあに?」
「夜風で冷えないように少しだけ、ですが」
「どうしたの?」
「空気が澄んでました。外のベンチで見ませんか?」
「行く」

行ってらっしゃい、という声を後ろに受けて、妙に照れ臭いような恥ずかしいような気持ちで、アリーナを連れて外に出た。

外のベンチに姫さまを案内する際、そっとハンカチを下に敷くと、姫さまは「そんな特別扱いしなくていいわ」と言った。

「姫さまの腰が濡れてはいけません」
「そんなことしなくていいのに」
「姫さまは、いつだって特別扱いですよ」
「えっ?」

今までだって同じようなことをして来たはずなのに、今夜は妙に照れ臭かった。

「サントハイムの王女として、でしょ。クリフトは真面目人間なんだから」
「……あそこに見えるのが金星です」
「あの、眩しい星?」
「船乗りは、あの星を目安にして航路を決めるのです。眩しくて決して動かぬ星だから」
「そうなんだー。きれいね」
「私にとって、姫さまは金星みたいな……」

私はなにを言っているんだ。
金星は恋と愛の象徴、ヴィーナスの象徴。
私は姫さまに恋などしていない、決して。
惑わされてもいない、だから金星なんだ。

「私みたい? ブレないのだ、私」
「いつまでも指針です」
「星空ってきれいね。吸い込まれそう」
「今夜の星は姫さまと…見たいと思って」
「どうして?」
「昔、よく抜け出して屋上から見ましたよね」
「クリフトが星図を持って教えてくれた」
「星の名前、一つ覚えて姫さまに教えるんです」
「うん……」
「寒くなって来ましたか?」
「ううん、サントハイムを思い出しただけ」

クリフトは、首に巻いていたマフラーをアリーナにかけた。

「あったかい」

にこにこと笑う姫さまを見て、胸がずきりとした。今日は変だ。姫さまに翻弄されっぱなしのような気がするし、その前はどうだったかというと、それはそれで翻弄されていた気もする。

もう一度自分に問おう。
自分は姫さまに惚れたのか?
否、こんな大変な局面でそんなことあってはならない。大変な局面でなければいいのか? わからない。姫さまが自分を選ぶはずもないのだ。気まぐれに翻弄されるな。

「クリフトの髪の毛は、真夜中のお空みたいに蒼いのね」
「星はありませんが」
「私、私ね……。好きな人がいるの、ずっと昔から」

ほらみろ。

「私、その人が死んじゃったらどうなるかなって最近ずっと考えてた」
「そうなんですか」
「きっと、気が狂ってたわ」
「存命、なのですね」
「ねえ、クリフト。どれだけ心配したか」

姫さまはずっと、自分の顔を覗いてくる。
好きでもない男の顔を見てどうするんだ。
参考にでもする気か?

「にぶちん!」

姫さまは宿の方へ走っていく。
走っていったと思ったら、戻ってきて私のマフラーをぎゅっと私に押し返して、もう一度。そして去っていった。

「ばか!」
「ばっ……」

妙に胸が痛い。
鈍いだとか、馬鹿だとか。
私は姫さまに何か失礼なことをしたか?

向こうから、アルディの剣呑な声がした。

「今から飲みにいくけど、どうする」
「行く」

飲むに限る。
私はハンカチを畳んで、マフラーを巻き直した。姫さまのつけていた香水か? 石鹸のようないい匂いがした。

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