pickup!

「アリーナ、綺麗だったね」と彼女が言ったので「そうかぁ?」と彼は応えながら、中指でネクタイを緩めた。

「国をあげての結婚式だよ? しかもアリーナと……アリーナが昔から大好きだった、クリフトさん。衣装も会場も、全部夢のように綺麗だったなー……。アルディだって親友の結婚式でしょ。テンション、上がらなかった?」
「だって、二人が結婚するの昔から解ってたし」
「いつ頃からの、お付き合いだったのかな」

アルディは机の上に置いてあった水差しから、コップ二つに水を注ぎ、一つをさっさと飲み干し、ほれ、と言いながらシンシアに手渡した。

「少なくとも、俺が出会った頃には二人とも相思相愛っての? クリフトが気付くのが遅かっただけで、二人に入り込む隙間なんて無かったな。みっちり。こう……みちっと」

二人が通されたのは、サランの街の宿のスイートルーム。他の宿泊者はアルディと苦楽を共にした旅の仲間だったり、各国のVIPばかり。私、浮いてるなぁ……とシンシアが呟いた。

程なくすると、アルディが宿のスタッフから、水がなみなみと入った花瓶と、花鋏を借りてきた。

「ほれ」
「花瓶」
「数日滞在するんだから。持って帰るでも、生けてやらなきゃかわいそうだろ」

シンシアの手元には、アリーナが結婚式の時に持っていたブーケがあり、アルディはどうやらその事を話しているらしかった。

「あ、うん。そうだね、お水あげないと」

アリーナの持っていたブーケは、小花の似合うアリーナらしく、小花と緑がたくさんあしらわれていた。シンシアが、ちょきちょきと茎の先を切り花瓶に挿すと、部屋は一気に華やかになった。窓の外はサントハイムの民衆による、お祭りムードが続いており、飲めや歌えやの大騒ぎのようだった。それを窓辺から、水の入ったコップ片手に見つめるアルディも、長く続いた酒宴で僅かに酔ったのか、少しだけ気怠げにも見えた。

「あ、見て。アルディ。綺麗に飾れたよ。アリーナったら、このブーケくれるとき、次はシンシアの番なんだから。なんて言って。そんな予定ありませんよー」

アルディは横目でシンシアが抱える花瓶を見て、おう、と言ったあと、全く、下の人たちもよく飲むぜ、当の主役たちは今ごろ山荘なのにな。と続けた。

「た、大変だよね。巣篭もりというか……」
「三ヶ月耐久で、体力持つかね」
「アルディ。そういうこと言わない」

シンシアは設えられた大きなソファに、ストンと座り、コップの水をこくこくと飲んだ。

「アルディ、いまは勇者さまだもんね。気にする人は、たくさんいるよ」
「元だよ」
「元じゃないよ」
「元だよ。世界とやらをうろちょろしている間に、いろんなゴタゴタに巻き込まれて、めんどくせぇなって感じながら一個一個付き合って、終わって後ろ振り返ったら、なんかそんな二つ名が出来てたに過ぎねーの。用は済んだ。だから元」

アルディは、どさりとシンシアの向かいのソファに腰をかけ、大体お前が……と言い出した。

「いつまでどこまで探させりゃ気が済むんだ。なんだあの世界樹の花とかいう、千年に一度しか咲かない花まで持ち出しても、見つからねーしよ。俺、お前に関しちゃまだ根に持ってんだからな」

アルディは少し、酔っているようだった。
しん、と静まり返った部屋の中。
外から、わやわやと盛り上がる声と楽器の音だけが響いていた。

「……次はシンシアの番、か」
「うん…。アリーナはそう、言ってた」

アルディはひとしきり頭を掻いたあと、ふぅ、とため息をついた。

「周りの連中にはとっくにバレてる。だから言うんじゃなくて、俺の意思で言うけど、俺……」

アルディの顔が、じわりと赤くなった。

「世界中探し回ったんだよ、お前のことと、ついでにお前より可愛い女。でも、いない。いなかった。女のケツ追っかけてるついでに、世界救いましたなんて、カッコ悪過ぎてサマになんねーの解ってんだよ。こういうとこに通されて、似合いもしないような服着て、国とか世界とか? そういうのを経済だの政治だので動かすような偉いおっさんなんかに混じって、したり顔で話しして。動機がおかしくね? 女のケツ追っかけてた、なんて」

アルディは一気に捲し立てた。

「仕方ねーだろ。俺にとっちゃ、世界の行く末よりお前の居所の方が大事だった。他の連中が言うのは、あくまで副産物っていうのか? そういうものなんだよ。だから、だから……。お前は俺よりいい男、見て回りゃいいんだよ、どういうことか知らねーけど、世界はいま平和になったんだし。それで結婚して子供産むことになっても、俺、文句言ったりしねぇし、フェアじゃないのが嫌だっていうか……。とにかく、俺は終始一貫して、女のケツ追っかけたヤツなの。決して勇者なんかじゃない」

言うだけ言うと、疲れたのか。
アルディは、はあ…と息を吐いた。

「……いまの話、ほんとなの?」
「そんなことで嘘つかねーよ」
「アルディ、私のお尻追いかけ回してたの」
「そうだよ」

着慣れないスーツを着て、終わったと思えば部屋で即ネクタイを緩める。世界のVIPたちと話すのも嫌で、勇者扱いも大嫌い。その理由が、旅をしていた理由が、ほかでもない自分を追いかけていたことで、世界をどうにかすることなど、二の次だったこと。身の丈に合っていない、と感じているのだろうか。

「私、アルディを庇ったの。世界の為じゃないよ」

不思議そうな顔をするアルディ。

「だって世界のことなんて知らないもん。里から出たことないのに、知るわけない。アルディには神の力が宿っていることは、里の大人たちから聞いてたけど、そんなことどうでも良かった。アルディが危険だった。あのままだと、アルディがこの世からいなくなってた。それは嫌だった。世界中の男の人のこと、見て回って、その……旦那さま探し? するの、私やだよ? そんなの見なくても分かるもの」
「なにがだよ、俺よりいい男なんて星の数ほど……」

シンシアは、アルディのばかばかばーか、と笑った。

「私を探すついでに世界を救っちゃうような。そんな変わった人、他にいないもん」
「か、変わったって変人かよ俺」
「あのむちゃくちゃだった世界を救っても、私のことを探し求めてくれた。そんなに私を愛してくれる人、他にいる? 仮に旦那さま候補を探したって、私、私を愛するついでに、世界を救っちゃう人じゃなきゃ嫌です、って。言っちゃうもん」
「それはお前が……いなかったからで」
「そんな人、アルディの他にいないよ」
「馬鹿、阿呆、間抜け。誰がお前のことなんか嫁にしたいなんて……。俺のこと、世界中の美女たちが取り合いになってだな」
「私のお尻、追っかけてた男の人を?」

アルディはごにょごにょと口ごもり、窓の外に広がる夕暮れを見た。

「俺と結婚したって……。いいことないぞ」
「今まで通りでしょ」
「でも……。世界一、愛してる自信だけはある」
「うん、嬉しいよ」
「バッカ、お前。解ってんのか? お前、世界一可愛いんだぞ、世界中探しまくった俺が証明してんだ。俺で良いのかって言ってんだ」
「うん。さっきからアルディ、言ってることむちゃくちゃだよ」
「その自覚はある。シンシアといると、調子狂うんだ。俺とシンシアも山籠り必要かもな……」
「体力持つ?」
「変なこと言うな。俺が枯れ果てて、カッサカサになってもいいよもう」

アルディはごそごそと胸元のポケットから、指輪の入ったケースを取り出した。

「これ……。プロポーズってやつには、指輪がいるんだろ? 旅の途中で手に入れたものだけど、たぶん……俺のお袋のもの。命の指輪ってんだけど。これ……ああ、俺何言ってんだ、いろいろ考えて来てたのに、言葉が出ねぇ。俺の言葉、便秘か?」
「便秘……」

アルディは突っかかりながら続けた。

「そこに論点のフォーカスを当てるなよ。つまりだ、えーっと、えーっと……。俺の前から勝手に消えるな、意味深な言葉残して消えるのも無しだ、一生俺のそばにいて。カッコ悪い男でごめん、もう少しマトモな男になるから。お願いだから、死ぬまでそばにいて」
「カッコ悪いなんて、思ったことないのにな。これ、ありがとう。勇者さまとか勇者さまじゃないとか、そんなこと関係なく、私、アルディのこと愛してる」

そこでようやく、アルディはホッとした顔を見せ「言い慣れないこと言うと、服が窮屈で仕方ねーな」と言い、バサバサと脱いでパンツ一枚になってしまった。

「だいなし!」
「あ、もう一回着たらいい?」
「もういい。なんだか……アルディらしいし」
「こんなタイミングでカミングアウトするのは、大変よろしくないと思うんだけど、聞いてくれますか、愛しいシンシアさん」
「なあに?」

アルディは下着姿のまま、すとんとシンシアの真正面のソファに腰をかけた。

「シンシアさん。今晩、俺を男にしてください!」
「へ?」

キョトンとしたシンシアに、パンツ姿のアルディが熱弁を振るう。

「巣篭もりからクリフトが帰ってきたら飲みに行く約束してるんだけど、えらく小ざっぱりというか、出すもん出しきったみたいな顔のクリフトと飲むの、俺、嫌でさ…」
「まさか、飲み会で負けたくない為に私にプロポーズしたの!?」
「違う違う、断じて違う。そこにあるだろ、アリーナから貰ったブーケ。アレ見て、いい加減俺も覚悟決めなきゃダメだって…思って」

シンシアは、ふー……とため息をついた。

「わがまま。ばか。しんじられない。……ほんとに、世界中探して回って、私のことが一番可愛いって思ったの?」
「嘘つかねーよ、そんなこと。もっとも、こんな俺でいいのかなって話に、乗ってくれればの話だけど」
「私のこと、大事にしてくれる?」
「俺なりに…だけど」

シンシアはパンツ一枚で、そんなことを熱弁する自称元勇者の隣に、すとんと座った。

「アルディ、女の子好きだから」
「好きだよ?」
「そんなこと言うから、いまいち信用できない」
「あ、まだそんなこと言う。いいでしょう、お見せいたしましょう。誰も体験していない、アルディ・レウァールの女性初体験を、あなたに謹んで進呈いたします。内容が良くても良くなくても、そのままお持ち帰りいただき、一生お楽しみください」

下着一枚になるとよくわかる。筋肉がついたアルディの身体は、傷痕や火傷や凍傷の痕だらけで、いかに旅が厳しいものだったかは、彼が語らずとも手に取るように分かった。それを、世界を救うのは二の次の副産物で、全ては自分を探す旅だったから、誰かから、勇者と呼ばれるのも嫌だと言い張る彼を見ていると、シンシアは少しだけ、胸がしくしくとするのだった。いっそのこと、勇者が選んだ女はお前なのだと言われた方が、どんなに逃げやすく、気が楽か。

「腹筋……割れてるね」
「あー…。いつの間にか割れたね、勝手に」
「腕とか脚とか、筋肉すごいね」
「フォーマルなとこへ行く用の服が無くて困るねぇ、入らないから結局フルオーダーメイド。金ばっかり掛かるし、面倒。里で畑だけなら、力仕事やるにも楽だけど」

シンシアは、聞くべきだと思った。

「傷とか火傷とか凍傷とか……。痕、たくさんあるね」
「ま、いいんじゃね? どこでついたのかも、大体忘れたし」
「こんな身体で、傷痕たくさんつけて世界救って。だから勇者さまって、言われちゃうんだよ」
「シンシアが見ているのは、勇者の俺? それとも、ただの俺?」

シンシアは少し俯いて、そして応えた。

「結果的に勇者になっちゃった、あなたのことを見て言ってる。元勇者でも勇者でも、里で畑仕事するあなたでも、ぜんぶ、同じアルディ。私が好き好んで庇っちゃって迷惑かけた、アルディ」
「そう」
「うん」
「なら、それでいい。俺のこと、貰ってくれる?」
「それを言うなら、お前を貰うでしょ?」
「いいんだよ、俺の場合はこれで。ま、まあ、パンいちでプロポーズしたっていうのが、万が一世に知れ渡ったり、なによりシンシアに良い思い出作ってやれないし、将来生まれてくるであろう子供にバレるのも恥ずかしいから、それはまた、別にやる。ちゃんと、やるから」

アルディは、それは、うん。と力強くパンツ一枚のまま、頷いた。

「アルディ……。いつまでサントハイムに、滞在する気?」
「言ってなかったっけ。クリフトとアリーナが帰ってくるまでだよ」
「へ? 畑は?」
「親父もお袋もいいってさ。お前のとこの分も見てくれることになってる。だって俺とシンシア、クリフトとアリーナの、ベストマンとプライズメイドだろ? 巣篭もりする間の食料とか、暇つぶしの本とか用意して馬車に預けたり、洗濯物を使用人に渡したりって仕事があるから。あ、ちゃんとそこは御礼金という名の給金も出るから」
「聞いてないってば」
「二人から来た手紙、よく読めば書いてあるぜ? そっちの給金の方が、里で畑仕事してるよりずっといいから、俺の両親もオッケー出したの。俺らの衣食住は全部保証されてるし、問題ない」

シンシアはそこまで読んでなかった……としょんぼりしつつも、王族のプライズメイドになってしまったことに、改めて目の前でパンツ一枚で振る舞っている、アルディのすごさを感じたりした。

「俺らの結婚式には、二人を呼ぼう」
「ん、当然」
「クリフトに結婚式の宣誓あげてもらってさ」
「……そんなこと、お願いできるかな。ものすごーく偉い人だって聞いたよ?」
「クリフトは、普通だよ」

キラキラとかゴテゴテしたのにごまかされすぎ。言葉とか、肩書きとか、王女とか、そういうものに。と言いながらアルディはヘラリと笑った。

「さて。与太話は済んだので、これから待ちに待ったお披露目ターイム! 神秘の薄布一枚に隔たれた、この黄金の下半身を、長き封印から解き放つときがきた! 色々解き放っていくから、チェックイットアウト!」
「ムード台無し、盛り下がる一方」
「アゲてくよ」
「どうやって気分アゲるのよ、大体お披露目ってなに」
「お嬢さまは、気分を御所望ときましたか。気分……気分か…。深く考えたことなかった」
「期待するだけ無駄かなとは思ってました」

アルディはひらりとシンシアの隣に座り、シンシアの肩をひょいと抱いて、自分の胸元に寄せた。

「うわ、やわらか……。シンシア、こんなに柔らかかったんだ」
「アルディが堅いんでしょ、筋肉で」
「俺の筋肉の半分は、柔らかいシンシアで出来てます。……言ってから気付いたけど、案外シャレになってないな。ごめん、忘れて」
「忘れられないよ、こんなに傷だらけで」
「いま、痛くないし。シンシアのケツ追っかけたのも、案外悪くなかったかもな。腹筋は割れたし、貯金も出来たし。全部終わってからじゃないと、シンシアを解放しなかった神さまのことは、大嫌いになったけど、結果オーライ」

に、しても。
シンシアはほんとに柔らかいし、いいにおいがする。俺にないものばっかりだ、と言いながら、アルディはシンシアの首元に顔を寄せた。

「ば、ばか。緊張するでしょ」
「この匂い、なに」

シンシアの耳の中で、膨張するかのように聞こえるアルディの囁き声は、びっくりするほど甘く感じた。

「な、なにもない。昨日、身体と髪の毛洗って、それだけ!」
「ふーん、もうちょっと嗅いでようっと」
「変態みたいでしょ。パ、パンツ一枚で、ひとの首元くんかくんかして!」
「シンシア、知らなかった? 俺変態だし、気が向くと、こういうことも出来ちゃうわけ」

シンシアは、ソファの上に押し倒された。
少し押したところで、アルディは硬い、重い。びくともしない。シンシアの心がちくちくするほど思い知ったのは、ここにいるのは、村が襲われる前のアルディではないということ。あのときは、なんだかんだと男の子だったが、いまは違う。

「嫌われたくないから、嫌ならやめる」

よく知っているはずの声が、甘みを増して耳の中で共鳴していく。のらりくらりとした態度で、自分は勇者じゃない、いなくなった女のケツを追いかけていただけだと言ったこの人は、確実に世界をも救ってきたのだ。……もののついでに。

「アルディも、におい、するよ」
「かぐわしいかい」
「かぐわしいかは、わからないけど……。嫌じゃない」
「俺はね、シンシアの匂い好きだ。なにかは、わからないけど」

ひとしきり、ふんふん、と耳元で匂いを嗅ぐ音がした後、砂糖を倍増したような甘い甘い声で、キスしていいかとシンシアに訊ねたので、彼女はキツく抱きしめられるままに、こくこくと頷いた。

「世界一、可愛いよ。シンシアって」

シンシアにとっては、歯が浮いて、そのままボロボロと剥がれ落ちそうな台詞だったが、アルディにとっては、心の底からの本音なのだろう。

ここからの続きはR18なんだけど、まだ書けてないからパスワード入れても無駄よ!
パスワード考え中。
ところでアルディのファミリーネームはなんだったっけかな?(前もってヒント)

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