pickup!

アリーナとクリフトが結婚をすることになり、国は沸き立つようだった。なにしろ結婚するのは、一度はバルザックの根城となったサントハイム城を、勇者アルディたちと奪還した神官クリフトと、奪還劇の後もずっと前線に立つことで、落ち込む民を鼓舞してきた王女アリーナである。

国民が沸き立つのも、無理のない話だった。
賭け事が好きな国民の多いサントハイムのあちこちの酒場では、二人の間に出来るであろう第一子が、いつ、どちらの性別で生まれてくるかと、早くも賭けを行う民が続出し、それをまた取り仕切る業者たちや、三文新聞の記者の飯のタネになっていた。

……しかし、当の本人たちはあまりにも純粋過ぎて、そこの話が一切出来なかったのである。そう、この話は初夜に向けての話。

「ねえクリフト。お式が終わったあと、私たちは別荘に行くのよね。静かな別荘に三ヶ月も二人きりなんて、逆に喧嘩しないか不安になっちゃう」
「三ヶ月も休暇を貰っていいのかどうか、判断に苦しむところではありますがね」
「もう! 結婚するんだから、その丁寧な言葉使いはやめて。初めて会ったときみたいに、乱暴な口調でもいいって言ってるでしょう?」

新聞を読んでいたクリフトは、アリーナに振り返った。

「そんなこと言ったって、もう癖なんだから仕方ないだろ」
「そうそう、その調子。私、そういうクリフトも好きよ?」
「何故?」
「だって、みんなの前では丁寧で厳格、優しいクリフトさまなんだもの。私にしか見せない顔があるからいいの」

ごろごろ、と甘えるアリーナの頭を撫でながらクリフトは、我が妻となる女性は、とことん我を通すし欲張りだ、と呟き、だって王女だし、ひとりっ子だし、甘やかされて育ったものと返されていた。

「妻! うふふふ」
「そうですよ、妻です」
「クリフトは夫であり、バーンスタイン公となるものね」
「神官の仕事はやめませんけどね。……また新聞が下らないことを書いているな、姫さまとの第一子はいつ生まれるか……。子は大切な授かりもの。神のみぞ知るところであったり、神も存じ上げないことでしょうに」

ばさり、と投げ出された新聞を覗き込みながら、アリーナが言った。

「そうそう、女官たちが大切な初夜のことと、お子のことでお話があるから? 時間を空けてくださいって言うのだけど、なんで一緒に話す必要あるのかしら。そもそも初夜ってなあに?」
「……は、はい?」

クリフトは固まった。
確かに、武道漬けの生活を送ったアリーナには、同性の友人がマーニャやミネア、少し遠いところでいえばモニカ姫くらいしかいない。自分とて、そのような話をアリーナとしたこともない。だから知る由もないのは、ある意味自然なことではあるが。

「初夜のことを、ご存じない?」
「初めての夜のことでしょ? それくらい知ってるわ」
「なにをするか、とか」
「なにかするの。美味しいお菓子とお茶を飲んで、二人で並んで眠る以外に何かあるの?」
「最終的には、確かに最終的には……二人で並んで眠りますが」
「もう、また口調が戻ってる」
「どこから説明したものか、悩んでいるだけだよ」

みるさんからいただきました!

miru (@Miru49Miru) さんからいただきました! KAWAII!

現状の城の内部のことは、実は新聞記者などに筒抜けで、初夜のことを本当に全く知らないともなると、ここまで守り通してきたアリーナの純潔すらも、新聞記者の格好の餌食となってしまうだろう。クリフトはそれだけは避けたい、基礎知識だけでもと思い、眼鏡をずり上げ、頭を掻いたあと、基礎知識とは、と自分で気がついた。

彼に経験があるわけではない。
アルディと悪ふざけをしながら読んだ本には、一連の流れのようなものは書いていなかった。つまりは、最中もしくは直前の写真である。女体のなにがそうなって、直前のような色艶が出るのか、クリフトにも分かりかねる。だが、理屈を抜いたところで、自分がやりたいこと、やるべきことは分かっているのだ。

うーん、と彼はまた唸った。

「どうやれば赤ん坊が生まれるかは?」
「コウノトリが運んでくるのでしょう? でも、私も子供じゃないから」
「はい」
「それじゃお腹は大きくならないわ。だから、きっとコウノトリが知らせを持ってくるのよ、お腹の中に赤ちゃんがいますよって」
「どうしたら、コウノトリは来ますか?」
「えっ、わからない…。結婚したら…来る……」

だめだだめだ、とクリフトは首を振った。
こんなにピュアで純粋なアリーナに、女官たちが寄ってたかって性のなんぞやを教え込み、それを新聞記者が書き立てる。それこそ、初夜に対してトラウマを持ちかねない。これは些細なことかもしれないが、自分たちにとっては大きな話だと、クリフトは腰を上げた。

ーーー自分が、なんとかしなければ。

「姫さま、私たちはキスはしました」
「……う? うん……。な、何回か」
「初夜にも、キスはします」
「やっぱりするんだ、えへへ……。なんだか、いまから言われると恥ずかしいな」
「初夜にすることは、その先です」
「キスの先があったの? もしかしたら、夫婦でキスしたら、コウノトリが来るんじゃないかと…!」
「それだと、ずっと来ません」
「えっ……」

こういうときのアリーナの対応に関しては、幼なじみであるクリフトが、一番よくわかっていた。

「その先に挑むのが、初夜。アリーナに挑む覚悟はありますか?」
「挑めと言われたら、挑むわ」
「私の前で裸になってもらいますよ」
「ええっ」
「夫婦でしょう? 隠し立てはもう無しだ、私も全裸になる」
「クリフトが脱ぐなら、私も脱いでやる」
「姫さまの下半身にも触るし、私の下半身にも触ってもらう」
「初夜ってそんなことするの…!」

アリーナのことを壁に追い詰め、クリフトは耳元で囁いた。

「初夜だけじゃない。三ヶ月ずっとだよ」
「で、でもきたないよ?」
「汚いかな? アリーナの身体は私のものになるのだし、私の身体はアリーナのものになる」
「えと、その……それは素直にうれしい」
「アリーナの下半身には子供の核があり、私の下半身には子供の素がある。それを合わせると子供ができる。コウノトリは迷信だ、それを教えるよ」
「どうやって合わせるの?」
「物理的に。挿れるんだよ、アリーナの中に」
「そんなの、知らなかった……」

クリフトはさらに耳元で小さく囁いた。

「素直なアリーナのことだから、女官たちにそれを教わればビックリするだろう? そうしたら、下衆な新聞記者たちがビックリしたアリーナに群がり、傷つけてしまうかも知れない。私はそんなことは嫌だ。本当は今からだって、前倒しの初夜を迎えたっていいんだ。少なくとも、私の身体は男で、節操のないやつだから。……でも、やらない。本当に、大事だから」

アリーナは目を瞑り、ふるふると小さく震えながら、クリフトの声だけを聞いていた。

「夫婦になってから。でも夫婦になれば、全部貰う」
「う、うん」
「大切にする」

クリフトはアリーナからようやく身体を離し、わかりました? と訊ねた。

「私、何も知らなくて……。このままだったら、きっとみんなにばかにされていたわね」
「純粋だってことです。私が必死で護ったアリーナの純潔を乱されて、たまるものか」

アリーナは新聞に目を落とし、ひとつの記事に目を留めた。

「クリフト・バーンスタインの元恋人が語る……打算の愛と陵辱の日々…」
「はー……。誰かと打算の愛と陵辱が出来るような暇なんか、与えてくれなかっただろうが」
「暇があれば?」
「分かっている癖に。私は、ずっと姫さまが好きだった。好きな女以外に手を出すほど、器用でも罰当たりでもない」
「この世は良いことだけじゃなくて、悪気でも出来ているのね」
「悪気が新聞の一面に出てくるのは、その分平和だってことですよ。だいたい誰だ、この女性は」

呆れながら新聞を覗き込むクリフトを見ながら、アリーナはクスッと笑った。

「そうね。私たち、出会ってからずっと、お互いしか見てなかった。そろそろ、ひとつになってもいいかもね。裸でも裸じゃなくても、関係ない」
「見覚え無いな……。いや、あったかな。ん? 何か言いました?」
「んーん、大事にしてねって言ったの」
「しますよ、もとよりずっとそうだった」

大事なことを素っ気なく答えるクリフトを見ながら、アリーナは出会った頃のことを思い出しながら、自然に顔がにんまりしてしまうのであった。

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