pickup!

彼らがサランの街に戻ると、兵士たちは彼らに最敬礼をし、民衆は拍手や歓声で迎え、あっという間に新聞記者が向けるカメラに囲まれ、ニュース映画のフィルムが回された。

そんな中、飛び出してきたのが正装に身を包んだアリーナだった。

「よくぞご無事で!」

こと、群衆の前で王女としての顔を崩すことが許されない彼女は、アルディ、ミネア、マーニャと一人一人に丁寧に礼を言い、最後にクリフトに向かって

「此度のサントハイム城の奪還。大義でありました、クリフト…。バーンスタイン公」

と心より安堵したように言い、そこで、群衆がまたワッと湧き、中には涙を流す者もいた。

今回のアリーナの役割は、戦闘に参加しない代わりに、王女としてサントハイムに住む民衆や民兵を鼓舞し、共に祈り、励ますことであった。故に、クリフトの義父である大神官、バーンスタイン公爵やブライと共に、静かに教会で祈っていたのだ。

「皆のお陰で、城の奪還には成功しましたが、今後の治安維持、経済安定の為には、ここにいるサントハイムの国民ひとりひとりの力が必要です。いつなんとき、魔族、モンスターたちがサントハイムに牙を剥くかもしれません。そのときの為に、備えの上のまた備えを、皆さんにお願いしたいと思っています。もちろん、我々は更なる闘いを続けるつもりです、この世に安泰をもたらす為に。この先のサントハイムに、世界に。神々の御加護があらんことを」

傷だらけのクリフトがそう言うと、新聞記者たちは一言一言をメモし、写真を撮り、去っていった。それらを遠目に見ながら、クリフトの義父であるバーンスタイン公爵が、ブライに向かって呟いた。

「遠い過去。愛し合う二人の兵が、お互いを死なせないように、死にもの狂いで戦った記録がある。守る者がある戦いは、無いよりは何倍も強い」
「時代を超え、これもまた、ひとつのかたち、ということですかな」
「私のボンクラ息子はまだ気付いていないようだが、パズルのピースは集まりつつある。あと、ふたつみっつのきっかけがあれば、もっと使い物になるだろう。世話をかけてすまないな」
「ほっほ、バーンスタイン公爵さま。何故、クリフトが姫さまに懸想しているかの自信がおありなのですかな?」

バーンスタイン公爵は、貴殿は不思議なことを言う、とブライに向き直った。

「あれは、ずっと昔から姫さまに懸想しておるよ。国を守る、姫さまを守るというプライドと壁が目を曇らせているだけで、懸想どころか、愛している」

たとえばだ、と彼は続けた。

「姫さまがどんな男を愛そうが構わぬと口で言いながら、まるで狂犬のように、どんな男も近づけることがない。歪んだ愛情を抱かせてしまったのは、ひとえに私にも責があるが、守るという壁だと信じ切っているものが、実は巨大な嫉妬心なのだと、息子はまだ気づいていない。本音と建前、プライドと責務、そういったものが崩れたとき、ようやくひとりの愛する女性を守る純粋な盾になれる」
「ならば、その日はそう遠くないうちに訪れるでしょうな、ワシの見る限り」
「そう願う。それが結局のところ、姫さまとサントハイムの為だ」

ブライは苦笑した。

「愛しあう二人の兵は、お互いを死なせないよう、死にものぐるいになる……。バーンスタイン公爵さまもお人が悪い」
「限られた戦力しかない中では、手段は選んでいられんよ、この際」

そう言ったクリフトの義父の顔は、真面目そのものだった。

一行はバーンスタイン公爵の計らいで、宿の一番良い部屋にそれぞれ通された。フカフカなベッド、高い天井、静かな部屋には、なんでも揃っており、浴室で簡単な水浴びも出来れば、豪奢なバーカウンターには飲み放題の酒やつまみの数々も揃っており、暖炉傍にある呼び鈴を鳴らせば、小腹が減った程度でも、身綺麗な使用人が、サントハイムの美味と珍味を集めた小皿と、美味しい茶を、急いで持ってくるような有り様だった。

闘いの後の血や体液を綺麗に落とし、私服に着替え、傷の手当てをしたクリフトとアルディは、部屋に備え付けられたバーカウンターで一杯引っ掛けていたが、そこに同じく小綺麗にしたマーニャとミネアが、そっと顔を出した。

「二人ともおつかれ。なんか飲むか?」
「ありがとうアルディ。飲みたいのは山々なのだけれど、今日はなんだか気持ちが、ね」
「どうした、マーニャ。珍しいな、酒に食いつかないなんて」

アルディが二人に向かい直すと、椅子もがたり、と音を立てた。

「ねえ、アルディ。私たちに数日もらえないかしら。これからの身の振りようを静かに考えたいの」
「クリフトさんのお義父さまに、こんな立派な部屋を用意してもらって、甘えてばかりで申し訳ないのだけれど……」

そのことか、とアルディは頭をボリボリと掻いて、構わんよと即答した。

「本来ならば、仇を取ったんだから、ここで離脱ってことも考えてたさ。クリフトの義父ちゃんだって、そんなことで細かいこと言うような人じゃないだろうし……って、クリフト、それで合ってるか?」

クリフトは頷いた。

「義父は、人生の岐路に立つひとに対して、とやかく言うひとではありません。安心してください。ただ、お酒は程々にして、しっかりと睡眠と栄養を摂るようお願いします。食事はお二人の部屋へ運ばせます。足りないものがあれば、宿の者に伝えてください。善処してもらうよう、私からもお願いしておきます。答えが出るまで、他のメンバーにも極力声をかけないよう、アルディと私から説明しておきます」

そうして、クリフトは笑顔で続けた。

「おかしな話かもしれませんが、サントハイム城奪還において、お二人には感謝の言葉もありません。お二人がこの先の道をどう決めようと、私はお二人を応援いたします」
「ありがとう、二人とも」
「ありがとうございます。ところでクリフトさん、アリーナの様子を見てあげてもらえませんか?」

ミネアが、少し心配、と続けた。

「どうかしたのですか?」
「特に。ただ、さっきの姿も見ている限り、少し無理しているんじゃないかなって…」
「あー、それはそうだな」

アルディは続けた。

「王女さまの仕事も疲れるだろ。クリフト、疲れてるだろうけど様子だけでも見に行った方がいいと思う」
「私は平気だから、すぐに行きますよ」

そう言って、クリフトは部屋を出てアリーナの部屋へ向かった。

クリフトがアリーナの部屋をノックすると、アリーナの微かな声で「どなた?」と聞こえてきた。

「私です、クリフトです」
「……待ってね」

程なくしてアリーナの部屋の扉が開かれると、清楚なワンピースに着替えたアリーナが、まるで泣きそうな顔をしながら、クリフトを見上げた。

「クリフト…。本当に、本当にありがとう。サントハイム組からは、クリフトしかバルザック討伐に向かえなかったから、心配で心配で。生きて戻ってきてくれたことはおろか、城の奪還までしてくれて……」
「その話は、もういいですよ。私がサントハイムを思う気持ちは、姫さまや老子たちにも負けないつもりでいますから」

アリーナの様子が少しおかしい、とクリフトが気づいたその瞬間、アリーナは大きな瞳にぷわりと涙を溜めて、ほろほろと泣き出してしまった。

「クリフトが深傷を負ったらどうしようとか。城を奪還しても、次の魔族が矢継ぎ早に攻めてきたらどうしようとか。なによりも、なによりも……!」

サントハイム城に誰一人戻ってこない、と続けたアリーナはポロポロと泣き出してしまった。元々、アリーナは王女という手前、前向きな言葉しか公の場では口にしないが、本当の彼女の背中は、この一連の騒動の荷を背負うにはあまりに小さくて、幼くて、壊れてしまいかねなかった。

人前では明るく元気に振る舞うことを癖付けられ、辛いときには泣ける場所を教わらず、知らずに育ったアリーナ姫を、また目の当たりにしたクリフトは、ひょい、とアリーナに向かって覗き込んだ。

「皆さんを探すのならば、私も一緒です」
「ほんと?」
「ええ、本当です。そうじゃなければ、誰が姫さまの涙を拭けるというのです? 泣けるときには泣いた方がいいのですよ、ほら」

クリフトは几帳面に折り畳まれたハンカチを取り出して、アリーナの涙を少しずつ拭っていく。ほろほろ、と止まらぬアリーナの涙を、また少しずつ拭いていく。

「喜怒哀楽が伴って初めて、人間はより人間らしさを増すのです。私は、泣き虫の姫さまが、元気な姫さまと同じくらい、好きですよ」
「みんなの前では、こんな顔できないわ。不安にさせちゃう」
「私のことは?」

ぽん、と顔を赤くしたアリーナは、もぞもぞと指で涙を拭いながら

「私、クリフトの前だと泣いたり笑ったり、怒ったり悲しんだり、してる」
「幼なじみがなんたるか、みたいなものですね。私もそうだ」

そう言ってから、クリフトは果たしてそうか? と自分に問うた。妙なのだ、目の前で困った顔をして泣き笑いのような表情を浮かべる、小さな幼なじみの女の子を見ていると、無性に抱きしめたくなることがある。その女の子は、一国の王女なわけだが、時々自分に囁かれている気がするのだ。

『長きに渡る曇りを晴らし、ただ、個を見よ。彼女が望むままに』

しかしそうすると、そこには健康的で愛らしく、頑張り屋で寂しがり屋、それでいて強がりの女の子がいて、そのあまりの健気さに、有無を言わさず抱きしめたくなる。果たして、この感情はなんなのか。

……姫さまが私に望む感情は、一体なんなのだろうか。

彼はそう、考えざるを得なくなってきていた。

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