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一方、クリフトはアリーナへの恋心を、自覚する一歩手前まできていた。

武道会を控えたエンドールへ、アリーナがどうあろうと城を飛び出し、向かってしまうであろうことは、モニカ姫からの書状を見せられたことから解っていた。理解したところでどう動くべきなのか、一瞬躊躇したクリフトの口から出そうになったのは、心配の一言だった。

ただ、その言葉をくちにした瞬間に「否。自分は、共に行くべきだ」という考えに切り替わり、咄嗟に出た言葉が『王がどんなにお嘆きになることか』だった。実際、王は嘆き、何かの折に城に戻る度に、正門から出ることは出来なかった。

……しかし、どういうことかアリーナの部屋の壁には大穴が開いたまま。クリフトは、まるで旅立てと言わんがばかりだったあの状況に対して、時が経ってもたまに思いを巡らせることがあった。

『もし、姫さまと老師と自分が旅をするのが、必然、或いは最初から仕組まれたものであった場合なら……?』

何度も何度も闇に問えども、答えは出ない。
若い男であるクリフトが、自分よりも年下である女性、まして王女の共連れである意味がわからないし、何度考えても不自然だし釈然としないのだ。

『自分は男で、姫さまは女。人間なのだ。いくら姫さまの眼中に自分が居らずとも、仮にも万が一にも、間違いがあれば、話をどう収めるつもりだーーー』

当然の帰結として。
アリーナの眼中や未来に自分はいないから、この旅の共連れとして成り立っているのだ、と思いつく度に、クリフトは日に日に、胸が痛くなるようになってきた。自分には価値などないから、捨て駒にもなれよう。自分は義父をはじめ、王や老師、そして姫さまたちに生かされてきた。だから、その恩は命をもって還すときが来るだろう。

たとえば、今日のバルザック戦でもーーー。

義父の考えは、理解しているつもりだ。
刺し違えてもバルザックを斬る。
しかしいまは魔物であろうとも、元は人間。
自分は、ヒトを殺めようとしているのだ。
だが、そんなことは構うものか。

ーーーでは、誰が為に自分は戦い、奪い、屠るのか。

安心しきった猫のように、膝の上に頭を乗せて眠るアリーナに、自然に視線が行った。

「すぅすぅ……むにゃ」

クリフトは気が触れそうなこの想いを奥歯で噛み殺し、苦みを含めた表情で、眠る彼女へ微笑んだ。窓から見える明け方の、街へ城へ、そして世界へ拡大していく青空を見ると、うっすらと美しい虹が掛かっていた。

「……姫さま、今日は頼みます。いまの私に頼れるのは、もう姫さましかいないのですから」

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