pickup!

ところで。
クリフトはアルディと仲が良い。
他人を知らずに育ったアルディとは違い、他人を寄せ付けずに生きてきたクリフトは何故、アルディと懇意なのか。アルディの暗い瞳に映る、煙草の銀の煙を見る度、クリフトはアルディに共感してしまうのだ。

アルディにとって、シンシアのいない世界は虚無でしかない。クリフトにとっても、アリーナのいない世界など、失っても構わない世界だ。シンシアを探し、取り戻そうとするアルディの行動原理は痛いほどよく分かる。しかし、クリフトにはシンシアの気持ちも理解出来てしまうのだ。

そのアルディが、酒に酔ったときにクリフトに漏らした言葉がある。

『仮にさ……。シンシアが俺のこと、好きだったとするじゃん。じゃあ、どうして一緒に生きようと思ってくれなかったのかなって。そう、考えるとさ、なんか俺情けなくって。許せねえなって……。なんだ、俺だけかよって』

自分がシンシアと同じように、アリーナを庇い、この世からいなくなれば、アリーナは自分に対して、そう思うのだろうか。そう考えると、クリフトは急に怖くなったのだ。自分が命を捨てる覚悟でアリーナのことを護る覚悟はあるが、アリーナが自分に抱く思いを考えることには、何故か怖くなり、思いを馳せること、向き合うことを止めてしまうのだ。そして……彼女との関係はいまに至る。

とはいえ、彼の言葉に嘘はない。
彼は神に誓ってもいい。彼女のことを深く大切に想っている。彼はゴッドサイドの孤児院で育ち、バーンスタイン卿に見出され、彼の養子になり、サントハイムへやって来た。才覚を求められた彼は孤独だった。そして、またある種孤独だった王女アリーナと出会った。孤独だった子供二人は、お互いがお互いを埋め合うように、寄り添いながら生きてきた。彼女は彼であり、彼もまた彼女であった。いまさら、離れることなど出来ようか。

アリーナは、ぽつんと呟いた。

「……ん、クリフトがそんなこと言ってくれるなんて、思ってなかったから。わ、私。その。うれ、しいな。でも、でもね? 私も、クリフトの中に私の魂がいるから。ちゃんといるんだから」

すぅ、とアリーナは息を吸った。
彼女は必死だった。
どこか逸らしている彼に、自分をきちんと見て、知ってもらいたくて。

「あの、あのね。私、クリフトのこと、大事に想っているし、だいすき」

その頃には夕陽は沈み、代わりに夜空には大きな月が浮かんでいた。月の光は運河を照らし、反射した光がアリーナのスカートをほの白く照らし、涼しい夜風は運河をなぞり、アリーナの髪を撫でて去っていく。

彼女には、クリフトがふと軽く笑ったようにも見えた。見ようによっては、照れ臭そうに見えたかも知れない。彼は、すたすたとアリーナの元へ歩いてきて、自分の首元からマフラーを解き、彼女の肩にストールのように掛け、そのまま軽く背中に手を回し、自分の胸元に軽く引き寄せた。

「そうか、伝えていませんでしたね。私も、姫さまのことを大事に思っていますし、だいすきですよ。いいんです、ヒトは強くなればなるほど、自分の弱さを知る生き物なのです。だから、姫さまが弱音だと自分で思うことは、私に言ってください。それで姫さまに幻滅したり、嫌いになることなんて、ありませんから。……ね?」

そうして、ぽんぽんとアリーナの頭を撫でた。
アリーナは首元や目の前から漂う、ほんの少しのクリフトの香りに包まれ、王女ではなく、ただのひとりの女子として頭を撫でられたことが、たまらなく嬉しい反面、まだクリフトに真の意味で、目を逸らされていることが少し悲しくて寂しくて、アリーナは胸がいっぱいになり、眼から涙が溢れそうになった。

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