pickup!

そうして、クリフトは宿に帰ってきた。
部屋には、武器を取りに行っていたアルディが帰ってきていて「おつかれさーん」とクリフトに声をかけ、クリフトの武具を返してきた。

「……嫌な、夢だったな」
「そう?」

咥えタバコのアルディは、実に普段通りだった。
普段通り過ぎた。

「……俺と、大差ない」

アルディはそう言って、煙草の煙を吐き出した。
そして、クリフトはその様をただ、見つめていた。

「多分だけど」

アルディは言葉を続けた。

「あれは正夢なんだろうさ。ロザリーって名前だっけ? あの女は人間に殺されたんだろうよ。ピサロを止めてくれ、なんて戯言を前に言ってたけど、ピサロにとっては人間を滅ぼすってのは、魔物の皆から課せられた、大義に過ぎなかったんだろうなあ。地上を魔物だけの世界にして、神を滅ぼす為のさ。ロザリーは頼む相手を間違えて、トンチンカンなことを言ってたに過ぎなくて。……よく、あるじゃん。歴史物とか読むと、大体出てくる平和主義者。でも、その平和主義者こそが、戦争や闘争の引き金になったりする。今回の話もそれだけのことじゃねーの」

クリフトは、黙っている。
聖書を初めとする神々の教えには、我々、心を持った生物にとって復讐は何も産まず、赦しこそが安らぎを与えるものだということも、彼は頭ではよく分かっているにも関わらず。

「あの夢の中で悪いのは誰だって話だけど……。一番悪いのは、ロザリーを嬲り殺したヤツらだろう? もっとも、自分がどんな境遇、立場であるかを理解しないで、のこのこと地上に降りてフラフラしていたロザリーにも責はあるだろう。……ピサロはな、論点をすり替えているに過ぎない。人間は悪いやつらだ、だから人間を滅ぼす。どんだけ周りに毒されてるんだか知らないが、論点がおかしい」
「そうかも知れないが」

俺にとっては好都合だ、とアルディは続けた。

「人間、皆殺しだというのなら。人間が信仰する神々ですら許せないというのなら。結局、俺らと相見えることになるだろう。追いかけっこしている場合じゃなくなって、俺らが死ぬか、アイツを殺すしか無い。俺にはアイツを殺す前に、聞かなきゃいけないことが山ほどある」

それにしてもよー、とアルディは二本目の煙草に火をつけた。

「クリフトは、城仕えとはいえ資格持ちの神官なんだろう? 俺はお前の説教くさくないとこ、結構好きだぜ。お前に会う前に、一度だけ教会の牧師に、村を焼き払われたことを告白したことがあるんだけど、そのときの牧師、それさえ赦せって言ったんだ。出来るんだったら最初から苦労しねぇっつの。シンシアや村のみんなをどこにやったか知らんが、帰る場所燃やされて、牧師に説教垂れられたからって、赦せる馬鹿がどこにいる?」

アルディ、とクリフトは話を制した。

「私は、神官失格なのかも知れない。旅路の途中、現れる魔物を赦しもせず、ただ、姫さまをお守りする為に屠り続けてきた。アルディにとっては、私の目的も課せられているだけの、ただの大義に過ぎないと思う。でも違うんだ。他人から課された大義ではなく、私の場合は、やらなければならないことだ。返り血を浴びようが、手を血に染めようが、傷つこうが、屠らなければならない存在がいる。そんな私が、神々の教えを説いて何になる。私が嫌うものの中には、偽善がある。自分のことを棚に上げ、いまさらアルディに復讐はいけないだとか、相手を赦せなんて、言えない。結局は、祈り続けることと、向かってくる魔物を屠り続けることの境界が、自分の中では……曖昧だ」

そう。だから、俺はクリフトのことをある意味、真の神職者だと思って尊敬しているのかも知れないな……と言いながら、アルディは灰皿に煙草を押しつけて消した。

「お前は、自分のやっていることを美化したりしない。そんでもって、神の救いとやらも強要しない。だからこそ、俺はお前個人のことを信頼しているし、信用だってするさ。俺は、やるべきことをやるだけなんだよ。正直言って、人類を守ってやろうなんて微塵も考えてない。俺の手はそんなに大きくないし、村から出て、他人を知ってそんなに経ってもいない俺には、到底叶いもしない願いだよ。俺についてきてしまった連中のことを考えるだけで、頭がいっぱいだ。………だけどな、昨日見た夢は………色々おかしかった」

アルディは、空中に目をやった。
遠くを見るような目だった。

「ーーーまるでピサロに、人間を滅ぼせという大義を、確たるものにする為に、他の誰かが嵌めた罠みたいに思えるんだ。だって、塔の中に幽閉状態だったロザリーがルビーの涙を流すなんて、その辺のごろつきがホイホイ知れる情報か? そんな情報がその辺の酒場なんかで流れているのなら、ピサロだって警戒しただろう? 同じ立場なら俺だってそうするさ。仮に。仮にだ、罠に嵌めたヤツは、ピサロを止めようとしていたロザリーが邪魔で、頭が悪い人間唆して、ロザリーには安全だからとか言って塔から降りさせて、わざと暴行させて、半殺しにさせたところにピサロを到着させたようにしか、俺には思えないんだ」

ピサロの立場なら、許せないだろうさ。
可哀そうなロザリー。人間の醜い欲に蹂躙されて、搾取の限りを尽くされて、最後には死んでしまうのだから。それでもロザリーは人間を滅ぼしてくれとは言わなかった。そんな性格じゃなかったから、ピサロの復讐心に火がついた。他人から与えられた大義が、人間を滅ぼすという他人から押し付けられた、ただの大義から、自分自身が定めた大義名分に変わる瞬間の出来上がりだったってわけだ。

ーーー魔物ってやつは、なんだって使うんだな。人間と大差ない。そんで俺らは、前に進む為に魔物を殺して進む。それしか道はないのだから。

「分かり合える道なんて、とうの昔に無くなっていたのかもな」
「無いよ。あいつらは俺らが思うより狡猾で残忍なんだろう。なあ、クリフトなら知ってるかも知れない。魔物は一体何なんだ」
「神殺し……もしくは、神殺しの成れの果て。だと、習ったことはある」
「モラルや倫理観なんざ、ありゃしないんだな」
「なあ、アルディ。倫理観は人間が持つ最高の嗜好品なんだと、私は思う」
「嗜好品ねぇ。そうかも知れないな。これは善行、あれは悪行。そうやって、嗜好品としての倫理観は広がっていく。宗教観も、あるいはそうなのかな。たまに信仰心が致死量に達してるヤツもいるみたいだけど」

アルディは相変わらず遠い目をしていた。

「宗教は、人にどう生きるかという道標を提示するに過ぎないからな。どう生きるかとうに決めている人にとっては、煩わしいだけの代物だろう。私がアルディに宗教観を押し付けたりもしないのは、その為だ。縋る神など何処にもいないとわかっている人に、押し付け、説いても無駄なことだ。そんな迂遠なことはしたくない」

アルディは薄く笑っていた。
そんなことねーよぉ、と言いながら。

「大寺院の女神像やレリーフには、人並みに感動してるんだぞ。心は洗われていく一方で、自分が手にかけてきた魔物たちのことを思い出して、妙な気分になるけどな」
「それでも、私はアルディに神々の教えを説くことはない。今日も明日も、これからも」
「それでこそ、俺の信頼するクリフトだ」
「魔物を……皆殺しにしようとしていたら、それは止めるけどな」
「いや……。俺はただ、ピサロに用があるだけだ。それがただ、質量の伴った"語り合い"になるだけで」

アルディの目的は、終始一貫それしかない。

「確認したいのは、村をどうしたのか」
「そう、それだけ。そして、シンシアを何処へやったのか。血溜まりも無い場所に落ちていた羽帽子。死体のない村。俺が生き延びていることは、ロザリーからも聞いて知っているだろうに、直に攻めて来ないピサロの本意。全てが、仕組まれたことのように思えて、そこが不思議だ。もちろん、俺に復讐心が無いわけじゃなくて、実のところ、煮え繰り返っているけれど、怒りをぶつける場所は、多分そこじゃない」

アルディが、冷静で良かったよ。
そう言いながら、クリフトは手渡された武具を部屋の片隅に置いた。

「でも……昨日の夢で、みんな少なからずショックは受けたみたいだから、その辺の話はしないとな。俺らのやることは変わらないこととか。本来の目的を見失わないようにな。仮にも一度会ったエルフの女が、あんな目に遭ったわけだから…」

アルディは大きく伸びをすると、肩の骨がポキポキと鳴った。

「余計なことを……してくれたよな」
「そうだな。嵌められたにせよ、何にせよ、ロザリーを殺したのは、人間の欲に他ならないのだから」
「ーーーなあ、クリフト。ピサロ、最後に言ってたよな。人間は殺すって。あれは復讐心からきたものだと思うけど、個人的に聞きたい。復讐心ってなんだと思う?」

クリフトは、自分の黒いグローブを見つめていた。多くの魔物の血を吸ってどす黒く染まり、元の漆黒には戻らぬグローブを。そして、ボソリと呟いた。

「個人的には……甘美な呪い、と思っている」

アルディは「そうか」と返した。
「呪いなら、仕方ないな」と言った後、アルディは剣を鞘に戻し、部屋の隅に置き、めんどくせぇなあ、と言葉を継いだ。

クリフトは、アルディに対して神々の教えを説くことはない。自分は、汚れているからだ。全てを終わらせない限り、誰かに何かを説くことは出来ないだろう。……では、サントハイムの人間たちは何処に行ってしまったのだろう。荒らされ、荒廃した景色はあれども、乾いた血の類は見当たらなかった。

彼らは一体、どうしたいのか。
クリフトが神に問えども答えなどない。
だから最初から、神など存在しなかったと考えることすらあった。

そもそも、魔物たちが神を喰らおうとした存在だからだろうか。背いたものの、成れの果てだからこそ、神々から見捨てられたのか。ならば、それらを問答無用に屠っていく我々も、大差ないのではないだろうか。神々から見捨てられそうになっている自分に、神官に。救いはあるのか。

クリフトは、軽く首を振った。
最近では、神々の教えにすら疑問すら抱いている自分がいるのだ。だから、考えても無駄だ。ならば、自分は自分の意思で、姫さまをお救いしよう。それしか、自分のアイデンティティは守れないのだから。

クリフトは、机の上に置いてあった手袋を手に取り、ポケットの中に入れた。手袋は、若干冷たかった。

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