「アリーナ、どこ行ってたの? 服を見ましょうよ」
出迎えたミネアの手には、ふんわりと柔らかそうなフェイクファーのコートがあった。
「ミネア、ライアンがなんかジェントルマンになってた!」
「ライアンさんは、元々紳士じゃないの」
「私、ただのモッサモサのおっさんかと思ってたわ……」
「姉さん、そんな風に外見から入るから、いつまでも彼氏が出来ないのよ」
「あ、あんただって出来ないでしょー!」
「私は最初から諦めてますから。はい、これアリーナに似合うと思って」
ミネアから手渡されたコートは、アリーナがいままで城で仕立てさせてきたコートに比べれば薄く、安いものではあったが、それでも彼女はニコニコと笑った。
「これ、私に似合うと思って、取っておいてくれたの? ありがとう」
アリーナが羽織ると丈もぴったりであった。
「わぁ、かわいい」
「何枚か見ましょう? タイツはたくさんあったほうが良いでしょ」
「うん、すぐ破れちゃうから、出来れば木箱ひとつ分くらい欲しいけど。馬車には乗せられないから、船に乗せておいてもらおうかな。20足ほど」
「それならば、店員さんにお願いしましょうか?」
三人が振り返ると、そこには髪を切り、スーツ姿の上に、新調した眼鏡をかけたクリフトがいた。
「……それこそ、誰?」
マーニャが問うと、クリフトは苦笑いをした。
「クリフトですよ。いつも仕立ててもらっている店で、すぐにまともに着られるような服がこれしかなかったのです。普段着はここで良いのですけれども、法衣や訪問着はそうはいかないでしょう? あとは、眼鏡の度が合わなくなってきていたので、フレームごと新調したら、こんな感じに」
そうして、クリフトはアリーナに向き直った。
「姫さま。訪問着やマントなどの採寸は、明日の午前ということでお願いします。姫さまがいつもお使いになられている生地を、急ぎ取り寄せるとのことで……。あと、普段着などはいかが致しましょう?」
「うん、わかった。ありがとう。でも普段着や下着はみんなと選ぶわ。私、自分がいいと思って決めたものを、普段着ていたいの」
クリフトは眼鏡をずり上げて、ふわっと笑った。
「分かりました。女性のタイツに関して、私は全く分かりませんので店員さんを呼んできますね。20足が、果たして多いのか少ないのかも、分かりません」
そうして店員を呼びに去っていったクリフトを眺めながら、マーニャが呟いた。
「クリフト、あんなに仕事出来る男だったっけ。なにあの嫌味のない、スーツ姿のナチュラル富豪オーラ」
「だから姉さん。見た目で判断しすぎ」
「そんなことないわよ、前も言ったでしょ。クリフトは結構好みだって」
「……待って」
うつむいたままのアリーナが、マーニャのストールの裾を摘んでいる。
「でも一番好きなのは、アリーナよ」
「姉さん、いまはそれ、フォローにならない」
「私がクリフトとお付き合いするとか。ないから」
「そうよ、アリーナ。クリフトだって選択権があるわ」
「そうなのよ。クリフトには選ぶ権利あるのよ。うるさいわよ、ミネア」
ぷく、と頬を膨らませたままのアリーナは、上目でマーニャを見ながら、ほんと? と呟いた。
「その顔、クリフト以外の男にしちゃダメよ?」
「なんでダメなの」
「気を持たせてるって、誤解させちゃうからダメ」
「……マーニャ、美人だから。綺麗だから。クリフトのこと、好きになっちゃやだ」
「わかってるって」
「うん…」
アリーナが、マーニャのストールからそっと手を離したところに、クリフトが黒タイツを山ほど籠に入れた店員を連れてきた。
「お待たせいたしました。この度はアリーナ姫さま御自ら、当店に足をお運びいただき、誠にありがとうございます。先ほどクリフトさまから、お問い合わせをいただきました黒タイツですが……。色々取り揃えております。ひと通り、全種類をお持ちいたしましたので、この中からお選びいただきましたら、いまある在庫、全てお出しさせていただきます。そして、マーニャさまにミネアさま。バルザック討伐の折は……。私も含め、この街のものはみな、感謝しております。なんなりとお申し付けくださいませ」
目の前に広げられた黒タイツを見て、アリーナは「いっぱい種類がある」と喜んだ。
伸縮性の良いもの、防寒に適しているもの、または通気性が良いなど、選びきれなかったアリーナはトルネコの船に乗せることを前提にして、先にミネアが手渡してくれたコートも併せて、たくさんタイツを買い込んだ。
「持ちきれないよ?」
「私が持ちます」
ひょいと全ての袋を手にしたクリフトは、アリーナに向かって言った。
「普段着など、マーニャさんやミネアさんと見るのでしょう?」
「うん、そのつもり」
「あ、そうだ。いっそのこと、明日クリフトさんと一緒に見れば?」
「そうね、明日仕立て屋さんに行くのでしょう?」
「いえ、店に行く必要はなく、宿に来てくれる手筈と……」
クリフトの言葉をマーニャが遮る。
「一緒に行けばいいわ、そうすればいい」
「帰りに、美味しいお茶とか飲んで」
「そうそう。たまのサントハイムだもの。二人で出かけたら良いわ」
「どうかしたんですか? 二人とも……」
「あんたも、気の利かない男ね。女性の普段着となれば、帽子や靴とか必要でしょ? 誰が持つの。全部、こんなにちっこいアリーナに持たせる気? 箱がズタボロになるわよ。皆まで言わせないで」
クリフトは一瞬で把握して、申し訳無さそうな顔をした。
「確かに至りませんでした。姫さま、よろしければ明日、私と一緒に服屋を回りませんか?」
「クリフト、忙しいんじゃ……」
「姫さまのお買い物に着いていく。それ以上に、大切なことはないですよ」
薄い笑顔のクリフトに向かって、アリーナは、うん、ありがとう。と返した。
「では、私は明日の分の仕事を片付けるため、この荷物を持って先に宿へ帰りますので」
すたすたと歩き出すクリフトに向かって、マーニャとミネアが声をかける。
「じゃあねー、クリフト」
「おつかれさまです、クリフトさん」
「あのっ、ありがと……。クリフト。明日…よろしくね?」
アリーナの声にクリフトは振り返り、また薄い笑顔を見せ、そして去っていった。
「よっしゃー、デートよデート。アリーナとクリフトがデート」
「あー。デートなら知ってるよ、マーニャ。その……両思いの人たちが街ですることでしょ? でも、私たちは違う。ただのお出かけだから」
「デートに、するのよ」
「そ、そんなんじゃないもん! 私とクリフトは……そういうんじゃないってば!」
アリーナはもじもじとしながら、もう一度、そういうんじゃ……ないもん。と呟いた。