「疲れたなあ、クリフト。なに飲む?」
女性たちは言っていた。
涼やかで伏し目がちな瞳。
理知的で端正でありながらも、ほんの少し陰りのある顔立ち。
すらりとした立ち姿に、冷たい鈴のような凛とした、声。そう、声。立ち姿。まるでクリフトみたいである。クリフトのようである。というか、現れたのはクリフトそのものである。
女性たちは、あまりのことに固まってしまった。
「ココア」
「紅茶じゃなくて、ココアかよ」
へへっと笑うアルディに対し、クリフトは真顔で反論した。
「ここのところ、寒くなってきただろ? ここのマスターが淹れてくれる、ホットココアは昔から絶品なんだ。なにが違うんだろうなあ、ミルクとココアの比率だろうか」
「確かに寒くなってきたよな。俺、ホットコーヒーにしよう」
やってきた老マスターが注文を受ける。
「ホットココアとホットコーヒーですね。いつもありがとうございます、クリフト様。いつもの……はいかがいたしましょう?」
「あ、そうですね。いつものアレもお願いいたします。ここにいる連れの分も」
「かしこまりました、ごゆっくりお過ごしください」
「ありがとうございます、マスター」
マスターが去り、信じられない、と言わんがばかりの顔でお互いの顔を見つめ合う女性たちを見て、アルディが小声でクリフトに囁いた。
「なあ、俺ら来ちゃまずかったんじゃないかな……。御婦人たち、なんかビックリしてるみたいだけど」
「サントハイムは女性運動も盛んだし、教育も行き届いている、と思いたい。こういうところで地元のことで語り合うことは少なくないさ。……しかし、私たちが来たことで話題を切り、驚かせてしまったのも一理あるな」
そう言うと、クリフトは女性たちにニッコリと微笑みかけた。
「議論のお邪魔をしたのなら、申し訳ありませんでした。どうか私どもに構わず、お続けになってください」
先ほどまで熱弁を奮っていた、快活な司会役の女性は岩のように固まったまま
「は、はいっ。はひっ、いつも、ありがとう、ございます。お邪魔なのは、こちらのほうで、ございます。ありがとう、ございますっ」
などと、直立不動のまま、完全に頭がロックし、壊れたレコード器のように繰り返すのみ。それに対してクリフトは、また笑顔でこう応えた。
「皆さんが平和に暮らせるよう、私も頑張ります。こちらこそ、ありがとうございます。ところでどうしたのですか? 体調が悪ければ…」
「とんでもございません! むしろ…! い、いえ、とんでもございません!」
「クリフト、緊張しているみたいだから水でも頼もう。マスター、この方に水お願いしまーす。……やっぱ大変だな、公爵の息子ってのも」
クリフトは机に突っ伏した。
「また緊張させて萎縮させてしまった。いつもこうなんだ……。身分のせいだけではなく、私の接し方が悪いんだろう。皆さんに申し訳が立たないよ」
その姿を見て、あわ、あわ……と慌てる女性たちとクリフトの両方に目を向けたアルディは、慌てて女性たちに言葉を投げかける。
「ご、ごめんな? コイツ、へこむといつもこんな感じなんだ。先にこの店に入ってたのはそっちなんだし、気にすることないから、みんなお茶飲んで、リラックスして欲しいし。もし、本当にコイツの接し方が悪かったら、それは伝えてやって欲しい。こんな風に努力はしてるんだ、それは認めてやって欲しい。……クリフト、お前もお前だよ。普段通りにしてろって」
そしてアルディは安心して欲しい一心で、へらっと女性たちに作り笑いを見せた。
「…普段通りか?」
「そうだよ。堂々としてろよ。そういう態度は、余計民衆の皆さんに不安感与えるだろ、お前が終始徹底してやるべきはなんだって話だよ」
「そうだな、アルディの言う通りだ」
やってきたホットココアを一口飲み、クリフトはようやく一息ついたようだった。