pickup!

バルザックは二人の姉妹を覚えており、非常に嬉しそうに、けた、けた、けた、と嗤った。

「今度は、殺すだけじゃない。喰える」
「冗談じゃないわ!」
「そうよ。私たち、この日をどんなに待ち望んだことか。今日はあなたの命日になるのよ!」
「待て! こいつ、異様に速いぞ!」
「ミネア、こっち! 距離取るわよ!」

血の腐ったような臭いのする体液も滴る、長い両腕が、嬉しそうにクリフトの体に叩きつけられそうになったところを、クリフトは出来るだけ身を小さくして、膝をつき、鉄の盾で防ぐ。

それでもクリフトは強い衝撃で、ずる、ずる、と後ろに追いやられた。

強い。

そう感じたクリフトは、地面に右手を押し当てた。見る見るうちに、右手を中心に青白い魔法陣が描かれていき、皆の身体を光が柔らかく包んだ。

「……スクルト」

そして、外した大剣の鞘を軸にして、左手で支え、バルザックより大きく距離を取るべく、ひらりとバック宙の態勢を取り、アルディの近くに舞い降りた。

「スクルト一回じゃ足りねぇよぅ?」
「分かってる。アルディ、マーニャさんの固定砲台のタイミングに併せ、気持ち浅めに踏み込む程度でやってみてくれ」
「だってよ、マーニャ!」

既に上半身程度の焔を空中で練り終わっていたマーニャが、外したら承知しないわよと言い終わったと同時に叫び、アルディもその声に併せて猛スピードで踏み込んだ。

「メラミ!」
「うおおおおおおっしゃあ! おらぁ!」

それでもなお嬉しそうなバルザックの右腕は、焔と共に、アルディをいとも簡単に弾き飛ばし、大窓から放り出されそうになったアルディの背中は、ミネアの創り出した優しい風によって、また大広間に戻された。

「スクルト」

元は人間。
たかだか、捨て駒同然の実験動物。
効いていない、そんなはずはない。
再び蒼い光を纏ったクリフトは、アルディよりも更に速い脚を活かし、右脇下に滑り込み、下から何度も斬り上げた。片腕でも無力化してしまえば、戦闘力及び戦意は幾ばくかは、減る。

……ただし、再生機能を持っていなければ。

「マーニャさん! 私に構わず、右腕を狙ってください! ミネアさんは、右脇を狙った風を! アルディ、一気に捻じ斬る!」
「クリフトは下からいけ、俺は肩口から掻っ切る!」

『わず、らわ、しい』

バルザックのたった一言と、腕をなぎ払われたことでクリフトとアルディは壁に叩きつけられ、すんでのところで受け身を取れなかったクリフトは、ゲホッと咳き込んだ。

不思議そうに右脇を見ていたバルザックは、そのうちに、ふぅ、と冷たい息を吹きかけ、四人はその冷たさに肺の奥まで一瞬凍ったようになり、目を細め、何度も咳き込んだ。

「あ、冷却機能付きっすか……」
「……ベホイミ」

クリフトの額から流れ落ちる血は、一旦止まった。

「近くで叩けば振り落とされ、遠くからだと詰められてジリ貧。どうしよう、アルディ!」
「マーニャは撃ちまくることだけ考えてくれ、あとは俺らで、どうにかする」

『人間より進化した俺が……お前ら如き虫螻に負けるわけがないのだよ』

口を開いたバルザックは、そう言った。

「虫ケラ扱い、それも上等だわ! 私たち、父さんを守れなかったもの。それも当然よね。でも、人間まで捨ててアンタが手に入れたものって何? きったなくて臭い、よく分からない身体と、アンタに傅く者すらいない空っぽのお城じゃない!」
「バルザック……。あなた、父さんが生きていた頃から、そうやって空っぽだった。空っぽだから妬んで、空っぽだから奪って、空っぽだから、誰もいない城でも、こうやって喜べる。自分は選ばれた存在、認められればそれでいい、チヤホヤされればそれでいい。他人の造った力に則るだけの寄生虫。力を与えられたらば、それが何の為かも考えず、疑わず。虫ケラは、あなたの方よ」

『気に入った、ますます嬲り殺したくなった』

マーニャとミネアの方に歩み寄るバルザックを、アルディとクリフトが進路を塞ぎ、二人の退路を作った。アルディは叫ぶ。

「なんだかんだ、さっきより押す力だって弱くなってる。効いているんだ、二人とも思い残すことないように撃ちまくれ!」

身体を押さえこみながらも、クリフトはギリギリと右脇腹に剣を差し込んでいて、さらに動きを止めようとしている。死人のような腐った体液が剣を伝い、王の間に落ちていくことを、クリフトは一瞬だけ深く深く悲しんだが、その刹那、まるで天使のように、慈愛に満ちた微笑みを讃えたアリーナ姫の顔が、何故か思い浮かんだ。

ーーー彼女は、今頃祈ってくれているのだろうか。サントハイムやサントハイム城の為、そうして、小さな小さな我々の為に。

宝剣、セイブ・ザ・プリンセス。誰もが忘れない、忘れることなどできない、サントハイムを救う聖剣にしてみせるから、もう少しでいい。もってくれ。

「……クリフト、零距離で撃つから少し離れろ」

クリフトは、まるで己が手の延長のように剣を抜くと、今度は剣を床に軽く突き刺し、ひらりひらり、またひらりと後ろへ宙返りをして、バルザックとの距離を取った。

「マーニャ! いけるか!?」
「大丈夫!」
「ミネア! 風で焔を大きく出来るか!?」
「やってみるわ!」
「右脇に照準! 行くぞ!」

アルディの手元から、アルディの上半身ほどもある火炎弾が、大きな風切り音を立て、バルザックの右脇腹にぶつかり、ドスン、と大きな音がした。玉間の天井からは、パラパラと白い欠片が落ち、地面が少し揺れ、アルディは強い脚力で、バルザックから飛びずさることで、彼から距離を取った。

「これでもっ、喰らえ!」
「姉さん、援護するわ!」

マーニャの焔がミネアの風と合わさり、まさしく斬り刻む炎となって、バルザックの右腕を斬り刻む。そこにクリフトが、アリーナ直伝の縮地に近しい速さで飛びかかり、さらに右脇を中心に斬り刻む。

一回、そして、もう一回。
何度も何度も、まるでクリフトの手や足の延長のように、剣が舞を踊るかの如く、計6回。
一回一回の威力は低くとも、これほどまでに一ヶ所を、集中的に熱された部分を斬り刻まれては、バルザックも堪らず、苦痛の聲をあげた。

ゆえに、バルザックの次の手を理解し、後方の三人に叫んだのはクリフトだった。

「ヒャダルコだ、おそらく2回連続で来る! アルディとミネアさんは回復に備え、マーニャさんは小規模爆発で、床の氷を飛ばす準備をお願いします!」
「そんなことして、ここの床大丈夫なの!?」
「見た目より堅固に出来ています、安心して!」

氷の刃が、雨霰として四人に襲いかかる。

「きゃああああ!」
「いってぇな、脚の大動脈に当たったら死んじまうぞ!」

ミネアの回復魔法は、ホイミである代わりにマーニャと自身を素早く癒し、アルディは自分を癒したあと、バルザックに斬りかかった。

「クリフト、交代だ!」
「私はまだ大丈夫」
「馬鹿言え、あの二段攻撃食らったら今度こそ死ぬぞ!」

クリフトは口元で軽く印を結び、つらつらと唱えた。

「……ベホイミ」
「減らしちゃいるけれど、火力が足りねぇ」
「マーニャさんの固定砲台に頼るしかない、と……危ない」

クリフトの頬の横を掠め、猛烈な速度で飛んできた焔がバルザックの顔面に直撃した。バルザックは顔を二度三度、鬱陶しそうに振った後、アルディとクリフトを、強い力でなぎ払った。地面に叩きつけられたアルディを踏みつけ、バルザックは憎々しげに言い放つ。

『舐めやがって、虫螻め。俺は進化の秘宝を使い、成功したのだ。多くの失敗を繰り返し、多くのカスが我が為に犠牲となった。100人あらば、1名の天才の為にある秘宝。残りの99人は、ゴミだ、カスだ、養分に過ぎない!』

「……アンタ、進化の秘宝って言った?」

傷つき、鼻から血を流しても凛としたままの、マーニャが低くドスの効いた声で問い直した。

『おお、そうだとも。魔族に拾われたときは、やったと思ったね。ここから俺の人間への復讐が始まる。俺を軽視し、俺の能力を無視し続けた人間への復讐だ』
「さっきから、がちゃがちゃとやかましい!」
「それは父さんのもの、あってはならないものだ、アンタが成功とか、笑わせんじゃないわよ!」

マーニャの焔がバルザックの顔面に叩きつけられ、ミネアの放った風がアルディを踏みつけたままのバルザックの右足を斬り刻む。

クリフトに引き摺り出されたアルディの脚は、そのまま地面を蹴り、低い姿勢で右腿を貫こうとしたが、力の入った右腿は堅く、今度は剣が抜けない。そこにクリフトが現れ、アルディの剣を蹴り飛ばすことで抜き、バルザックの顎下へ己の剣を、ピタリと付けた。

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