pickup!

クリフトは、思わず苦笑した。
眼の前にいる、この小さな幼馴染の少女は、必死に前に進もうと、たった一人で何にもかも抱え込んで足掻くつもりなのだ。それは、王女として生まれた使命感からなのか、それとも故郷をこよなく愛するひとりの少女としてなのか。それは、長く彼女の側にいたクリフトにとっては、両方のように思えた。

年相応である以上、とうに婚姻の話も出ているであろう年齢である。彼女が思うがまま、結婚を願う想い人がいてもおかしくない。幸せになってもいい。いや、なるべきなのだ。誰よりも。

「先の質問の答えですが……」

クリフトは眼鏡を一度外し、そしてかけ直した。

「私が姫さまに着いていくのは、サントハイムの神官だからという理由だけでは無いです。もちろん、サントハイムの行く末を考えるに、同行した方がいいでしょう。しかし、もっと他の道もあったはずなのです。例えば、姫さまをバーンスタイン邸にお迎えし、一連の事件の収拾がつくまで、お過ごしいただくなり、なんなりの方法はありました。……でも、嫌でしょう? 姫さまは、ご自身での解決を望んでいらっしゃる。……古い幼馴染として、私の正直な思いを包み隠さず、一言で伝えるとするならば、放っておけないんですよ。私は、姫さまの裏の顔を知ってしまっている。儚く、脆く、情に満ち溢れ、涙を隠して、隠して、必死に立っていることも、私は……知っています。そんなの、放っておけないでしょう?」

そして、彼は軽く、ふぅとため息をついた。

「姫さまをお守りするのは、自分だという自負も意地もあります。そこは、国や神官という枠をも超えての私の個人的感情です。そこを何故なのかと問われると、上手い言葉も出てきませんが……。たぶん、姫さまの中には私の魂の欠片があるのかも知れません。もちろん、それは自分勝手な解釈に過ぎませんが、姫さまをお護りし、側にいないと、この自分が自分では無くなってしまうような……。これはどういう感情でしょうね、ずっと側にいたからでしょうか。ともあれ、私は姫さまが側にいると、安心するのです」

沈んでいく夕陽は早い。
真っ赤に染まった夕陽は、アリーナの顔を照らすが、彼女の頬が赤く染まっているのを隠していた。

彼女は、このような危機の中で愛だの恋だのと浮かれてはならないということは、頭では理解している。理解はしているが、心ではどうにもならないことがある。誰かに支えてもらいたい、時には縋りたい、甘えたい……。寂しいことを受け入れて欲しい。彼女には、昔からクリフトしか見ていなかったし、他を見たことがなかった。見る気もしなかった。拠り所はクリフトであり、ある種の救いでもあった。ときに意見の相違から反発することはあれど、彼が、彼女自身を否定したことは一度も無かった。

だからこそ、彼女は然るべき人に恋をしていたのだ。そう、遥か昔から。クリフトのいない世界など、彼女には無かった。ゆえに、国が危機的状況であったとしても、此処は間違いなく、恋しいクリフトのいる世界なのだ。愛も恋も、全て等しく進行してしまう。

しかし、彼は鈍い。
なんなら、自分の心にも鈍い。
論理立てた上で答えが出ないものに、納得しない彼には、自分の気持ちすら意味のわからないものでしかない。魂の一部をアリーナが持っているとまで分かっているのに、彼には、自覚症状すらない。彼もまた、アリーナのいない世界など、昔からあり得ないものであるのにも関わらず。

彼は、他の女性たちに色目を使われても、何も感じない。それは彼が神職であるからと同時に、アリーナとそれ以外の女性を、完全に区分しているからに過ぎなかった。そこまでしても、まだ気付けずにいるのだ。気付けない以上、アリーナの心の内を伺い知ることも出来ない。

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